44 / 106

44.

行きの、追いつくのがやっとな散歩が帰りでもあるのかと思っていたので、ちょっとした押し問答があったものの、車で送ってくれたのは正直ありがたくもあった。 「今日も暑いですからね」と言う安野に、「そうですね」と返して、扉を押さえてくれている彼女に軽く会釈して、中へと入り、その足でリビングの方へ行き、ソファへと座った。 当たり前に隣には小口が座っており、何かのアニメらしいものを観て寛いでいたのを、特に声を掛けることもなく一緒に観ていた。 「またあなたはサボって! 姫宮様も言った方がいいですよ」 姫宮に用があったのだろう、安野がやってきて、小口の姿を見かけた時、口を尖らせていた。 「いえ、私は別に⋯⋯」 「サボっていたわけじゃないですよ。御月堂さまのお子さんに、このアニメの面白さを知ってもらおうと思ったんですよ」 「全くまあ、ああいえばこういう⋯⋯。けど、一理はあるわね」 「でしょー?」 「だ・け・ど! あなたは必要ないでしょ!」 むんず、と襟首を掴まれた小口は、「んげっ」と呻き声を上げ、引きずられていく。 と、思いきや、安野が姫宮の前に屈んだかと思えば、こう告げた。 「お父様はお仕事が忙しくて、なかなか会えないかと思いますが、楽しみにしてましょうね」 その眼差しは暖かったのであった。 それからというもの、日を跨がないうちに御月堂と散歩する機会が来たのだ。 自分の失態だと思った詫びを口実に、喫茶店へと行ったのかと、あれきりだと思っていた。 安野が言っていたように、自分の声を聞かせたいからなのか。けれども、初めての時と同じように、一歩先に歩いては、ただお茶をし、それから仕事へと向かうのを、姫宮はついでのように送り届けるという、一連の流れをただしていることを繰り返していた。 その中に会話らしい会話がない。 何がしたいのだろうと、あれから一ヶ月が過ぎ、暑さが和らいできたある日のこと、変わらずのレモン水を飲みながらチラリと見た。 その時、視線を感じたのだろう。御月堂と目が合った。

ともだちにシェアしよう!