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「普段の他愛のない話をされてないというのなら、今回の代理出産の話は奥様にされていないということですか」 「そうなるな。あちらも愛してない相手と跡継ぎを作るよりいいと思っているだろう」 ごくあっさりと言われ、人知れず絶句した。 世の中には、そういう人間もいるはずだ。跡継ぎが出来れば、どんな形でもいいと。 だとしたら、半分は御月堂の遺伝子だが、半分はその奥さんではなく、全く関係ない第三者のものということ。 本当にどんな形であれ、勝手に決めていいことなのか。 現にそれが原因で、姫宮が御月堂をそそのかして、身篭ったと勘違いされ、挙げ句、心に深く残る傷を負わされた。 「⋯⋯私のような者が、出過ぎた真似かと思いますが、朝の少しだけでもいいですから、今日の天気ぐらいの話をされた方が良いかと思います。果ては、お子さんのためにもなりますから」 今日の散歩はどっと疲れた。 送ってもらい、その足で仮住まいに帰り、安野に迎えられたのも早々に、自室へと入った。 「⋯⋯」 ベッドにゆっくりと腰を下ろし、自身の胎を見つめた。 今は寝ているのだろうか。何の反応も感じられない。 その胎に、手を乗せた。 「私が口を出すものじゃないと分かってる。けど、君があまりにも可哀想だから、つい口にしてしまった⋯⋯。ただの雇われた者が言うものじゃ、感情を表に出しちゃダメだって分かってるけど⋯⋯」 自分の子どもを幸せにすることが出来なかった後悔が募っている。だからせめて、自身の胎の中にいる時だけは、幸せを感じさせたかったのに。 「⋯⋯また、守れなかった⋯⋯」 震える唇から漏れた呟きと共に、手の甲に雫が零れ落ちた。 今回、無事に出産できたら、この仕事は辞めよう。 卑しいオメガに相応しい、不特定多数と相手をする職にまた──。 「姫宮様ッ! おられますか!」 ノックもせず慌てた様子の今井が入ってきた。 主にこういう場合でも、安野がノックをして、用件を伝えに来るというのに。

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