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63.
「どうしたのですか」
動揺が隠しきれない今井に感化されて、緊迫感に包まれる。
一呼吸を入れて、今井は決心したかのように発した。
「御月堂様の奥様が来られたのです⋯⋯!」
告げられた瞬間、血の気が引いた。
また嫌味を言われる。ここまで大事に大事に育ててきたお腹の子を台無しにされてしまう。
「今、安野が対応をしておりますが、姫宮様はお会いになるのは、もう嫌でしょう。私達もはっきり不快に思われます。ですから、身を隠せる場所に移動しましょう」
行きましょうと、手を取られる。
うっすらと、これの前の依頼人が雇った世話係のことを思い出す。
オメガというのが穢らわしいとも言いたげに、不快だという感情が触れた手からでも伝わってきた。
だが、今の世話係は、姫宮が転んでしまわないよう、優しくも強く握る。
その手を信用していいんだと、握り返す。
「初めてお会いした際に、姫宮様の部屋を教えてしまったのが盲点でした。というよりも、あの方があんなにも言葉にするのもおぞましい言葉を吐くとは思いませんでしたが」
「⋯⋯それは仕方ありません。私がオメガだから」
部屋を出、斜め向かいの部屋へ案内した時、今井が振り向く。
「アルファだからといって、なんでも許されるわけではないのですよ。差別です! 法に裁かれる対象です。御月堂様の奥様だからって、許すべき者ではないのですよ⋯⋯」
顔の陰が濃くなっていく。
法に裁かれないのなら、この手で滅してやろうかとも聞こえるその発言に、心なしか鳥肌が立っている姫宮のことを知ってか知らずか、ウォークインクローゼットの扉を開けた。
「⋯⋯来ましたか」
世話係の誰かの私物などが大量に収納されている中、埋もれていたかのように、むくりと立ち上がった者がいた。
「小口。後は頼みましたよ」
「はぁい」
半ば分からないまま、今井に背中を押されるがままにクローゼット内に入ると、今井が言った。
「また来ますから、私が来るまで小口とここにいてくださいね」
「今井さん⋯⋯」
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