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72.
簡単には辞められないと噂されていた店を辞めさせてもらい、それからは俊我と暮らすこととなった。
高い基準は姫宮には分からなかったものの、良さげなマンションの一室に暮らし始めた。
今まではあの店が仕事場であり、生活をしていたものだから、ようやく人並みの暮らしをしていると思い、ぼんやりと窓の外を眺めていると、『どうした』と声を掛けられた。
『あ、いえ······。今まであのような所に住んでいたものですから、何もかも新鮮で······』
そう返事したきり、静かになった。
彼の横顔を見つめながら、姫宮は思った。
この人には言った方がいいかもしれない。 自分がこうなった経緯を。
この人には知っていて欲しいから。
『あの、俊我さん。聞いてもらいたいことがあるんです』
そうしたら、自分の過去ごと慰められた気がするから。
『そうか』
泣きそうになるのを堪えながら話し終えると、その一言が返ってきた。
やはり、その程度なのかと自ら話を振っておいて落ち込んでいた。
かと思いきや、自嘲している姫宮を抱きしめてきたのだ。
一瞬、何をしているのかと思った。
『俊我さん?』と戸惑いの声音で呼ぶと、背中辺りを優しく叩かれた。
言葉で言わずとも、それが慰められていると思った姫宮は、堰き止めていた涙を決壊させた。
俊我の腕の中で、子どものように泣きじゃくる姫宮を彼はずっと黙って慰めてくれていた。
言って良かった。
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