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76.
キングベッドを置いても、余裕のある広々とした派手な色合いの部屋、姫宮は最後の客を見送ると、仕事場 に戻り、ベッドに座った。
つい先程、初めて会った相手と行為をした淫靡な匂いが充満していた。
そんな中、無意識に首を撫でる。
あの後──匿ってくれていたクローゼットから出るとすぐに、憎々しげに姫宮のことを見る雅の姿があった。
目が合った瞬間に頬を叩かれ、怯んだ隙に首を絞めるという暴力をしかけてきた。
ここで終わらせてくれてもいいと、相手の思うがままにさせていたところ、安野がすかさず身を呈してくれ、事なきを得、雅は信じられない言葉を吐いて出て行った。
姫宮の体のこと、産まれるかもしれないということも含め、病院に行ったが、姫宮が思っていた通りの結末だった。
付き添いで来てくれた安野は、同情に、本人の代わりのように水溜まりが出来てしまうのではないかと思うほどに、涙を溢れさせていた。
こんな自分に泣くのはもったいないと、全て諦めきった瞳で見つめていた。
数日間の入院後、退院し、安野と共にあの意味を無くしたマンションに帰ると、依頼人の子どもがお腹にいた頃とは違う、隠しきれない沈んだ声を滲ませて出迎えた。
皆が皆、このような気持ちにさせたのは何もかも自分のせい。
自分なんかがいる必要性がもうないと、一旦部屋に戻った姫宮は荷物を早々にまとめて、挨拶をすることなく、誰にも知られずに去って行った。
寝に帰るだけの本来の自分の家に戻った姫宮は、無気力な日々を過ごしていた。
これから自分はどうするべきなのか。
代理出産という仕事は一切辞めて、他の仕事をすればいいのか。
それとも──この世から消え去るべきか。
その考えが過ぎった時、身震いした。
やはり、自ら命を捨てようという気はないらしい。
誰かにしてもらわないと、命を絶つ気力のないなんて贅沢な。
まだ真っ赤に跡が残っている首を触った。
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