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一歩踏み出しかけた足が止まった。 「御月堂さ──」 咄嗟に出た言葉が目に映った相手によって、止まった。 「⋯⋯俊我、さん」 手に下げていた袋を落としていた。 最悪な別れ方をした彼が、今目の前にいる。 二度も会いたくもない相手が、真っ直ぐ自分のことを見てくる。 不愉快。 「こんな所で会えるとは思わなかったな。元気にしていたか?」 「⋯⋯どうして、僕に話しかけてくるの。僕はもう必要ないって言って、急に子どもを取り上げて、出て行ったクセに」 「その子どもがこれだ」 前に促すように、繋いでいた手を差し出した先を見やると、今気づいた四歳程度の男の子と目が合った。 瞬間、車内からたまたま見かけた時のことを思い出す。 かつて見るのが好きだった顔を、どことも知らない相手に見せていたことを。 その時に見た男の子だということを。 「なんで、なんなの。勝手に取って行ったかと思えば、自分一人じゃ育てられなくなって、今さら僕に育てろっていうの? あまりにも勝手──」 「ちょうどいい機会だと思ってな。紹介したい相手がいるんだ」 相手? 怪訝そうな顔をしていると、俊我のことを呼ぶ女性の声が聞こえた。 瞬間、吐き気と凄まじい嫌悪感が溢れた。 この声は。 「も〜! 一緒に待っててくれても良かったじゃない!」 「俺があんな所にいたいと思うか?」 「別にいいんじゃないの。荷物持ちよ荷物持ち」 薄茶色のセミロングにロングコートを着た女性。 見間違いだと思いたかったが、妊娠中でも感じた鼻が曲がりそうなほどの香水の匂いで、そう思わざるを得なかった。 逃げなくては。 「そんなことより。お前にちょうど紹介したい奴と偶然会ったんだ」 「紹介したい奴⋯⋯?」 逃げなくては、また⋯⋯。 警鐘を鳴らしているというのに、足が地面に縫いつけられたかのように、指先一つも動かない姫宮が困惑している最中、相手の女性と対面する形になってしまった。 目が合った途端、鷹のように鋭い目になり、嘲笑した。 「あら。最後まで仕事を全うせず、挙げ句、逃げたあのオメガじゃないの」

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