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雅がせせら笑う。
もういやだ、聞きたくない。
酷いめまいを覚え、膝から崩れ落ちそうになった時、颯爽とした足取りで姫宮を支える者がいた。
「お前が裏で何かをしていると薄々気づいていたが、本当にそこまでやっていたとはな」
一段低い声が耳朶に直接響く。
話していた時とは違う声音だが、聞き覚えのある声。
「⋯⋯御月堂、様⋯⋯」
深く息を吐きながら言う。
「⋯⋯ようやく会えたかと思えば、こんな形になってしまうとはな。顔色が悪い。車を待たせているから、病院に⋯⋯──」
「いえ⋯⋯私は、大丈夫なので⋯⋯」
「大丈夫なわけがないだろう。否が応でも連れていく」
私になんかお気になさらずに、と言うが前に、体が浮いた。
それが後々、御月堂に横抱きにされているのだと思い、申し訳なく感じ、「下ろしてください」と「雅」と言う御月堂の言葉が被さった。
「お前の汚点は、私の汚点でもある。だが、お前がやったことは庇っても庇いきれないものだ。将来の子どもを代わりに身ごもってくれた姫宮に対し、暴言を吐き、手を上げた挙げ句、流産させたそうだな。お前は、御月堂の者としてふさわしくない。よって、婚姻を破棄させてもらう」
「⋯⋯っ」
真っ赤に塗られた唇をこれでもかときつく噛んだ。が、すぐに鼻で藳った。
「そうね。ええ、そうね。ようやくあんたみたいな堅物と離れるきっかけが出来て清々するわ。あたしのせいで経営が傾くのを期待しているわ」
踵を返したかと思うと、後ろ手にひらひらさせ去って行こうとするのを、俊我は「この子どもはどうするんだ」と言う。
「そんなの元から御月堂慶に脅すために使う駒だったから、もう必要ないわ」
「⋯⋯──なのか」
俊我が何か呟いたようだが、呆気なく手を離し、雅と同じ方角へと去って行った。
「おいっ。⋯⋯ったく」
初めて見た悪態を吐く御月堂の姿を最後に、フッと意識を失った。
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