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けれども。
「私の間違いではなければ、私と御月堂様の気持ちは一緒です。⋯⋯ですが、どちらにせよ、あなた様のような立場の隣に立つにはふさわしくない人間なのです。⋯⋯この頬も今の仕事をしている最中に出来たものです。このようなことを平気でされる人間なのですよ。ですから、私は⋯⋯──」
「──では、私にお前の愛を教えてくれないか」
食い気味に言う御月堂に、肩が跳ね上がる。
「その分、私もお前に愛を教える。そうしたら、私の隣にふさわしい人間になりえるかもしれん」
「そのようなこと⋯⋯」
「これは契約だ」
椅子から腰を浮かせたかと思うと、その場で片膝を付いた。
「お前が思っているほどのものを与えられるかどうかの自信はない。だが、私なりにお前に尽くせるように努めたい。許可をしてくれないか」
揺るぎのない、だが、許しを乞うような言動。
公園で、雅とは全く血の繋がってない子どもを代わりに妊娠していた事実を聞いた時、あくまで代理出産の立場であるはずなのに、雅のこともあって勝手に傷つき、嫌悪を示していた彼なりの愛の言葉。
俊我に愛されていると思っていたが、全て嘘だった事実を聞かされ、自分は誰かを愛すことも、愛されることはないと思っていた。
穢れてしまうであろう触れているこの人の手が、緊張なのだろうか、震え、どうにか抑え込もうと、しかし、その拍子に姫宮の手を痛めてしまうと思って、力を加減をしているのが感じた時、俊我と同じように、されど今までもあった、違う不器用な優しさに触れ、自分の素直な気持ちと向き合った。
この人であれば、もしかしたら──。
「こんな私でよければ、交わしましょう」
上手く笑えたのかは分からない。しかし、その意味でなのか、御月堂が喉を動かした瞬間を捉えた。
「⋯⋯礼を言う。こちらこそよろしく頼む」
「ええ」
空いていた手を御月堂の手に乗せる。
それから、どちらも口を開くことなく互いのことを見つめていた。
再び地の底に突き落とされた姫宮に、再びの救いの手。
不安がないというのは、嘘になるかもしれない。それでも、このたくましい手に導かれた先に幸運をもたらしてくれそうな気がしたから。
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