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数ヶ月ぶりに帰ってきたマンションを見上げている姫宮に、「大丈夫か」と声を掛けられた。 顔を向けると、心配そうに眉を少し寄せ、険しそうな顔をする御月堂がいた。 「ここまで来たからと言って、引き返すなとは言わない。無理なら帰ってもいい」 どうする、とこちらに差し伸べる彼の手を見つめた。 自分にはやらねばならないことがある。だから、ここまで来た。 「いえ、行きます」 その手に自身の手を添えた。 「⋯⋯無理はするなよ」 そっと優しく包み込むように握りしめた彼に引かれて、マンションへと入って行った。 目的の部屋に行くまでは一切の会話がなく、近づくにつれ、隣に並んで歩いている彼に聞こえしまいそうなほどの鼓動が、うるさくて仕方ない。 エントランスに入り、入居者と部外者を阻む出入口前のパネルの前に立った。 「いいか」 「はい」 部屋番号を打ち込み、呼び出しボタンを押す。 『御月堂様、それに姫宮様! 退院されたと聞きましたが、ご無事な姿が見られて、安野はようやく生きた心地がします』 「⋯⋯あの時は急にいなくなってしまい、大変申し訳ありませんでした」 『いえいえ! あの時の私の態度に気を悪くされてしまったのでしょう。こちらこそ、申し訳ございませんでした』 久方ぶりに見ても、変わらずの謙虚で姫宮のことを案じる彼女に、思わず口元を綻ばせてしまう。 「立ち話もなんだ。中に入らせてくれないか」 『あ、そうですよね。私としたことが⋯⋯申し訳ございません。では中にお入りください』 プツッと切れた後、目の前の扉が開かれた。 それに導かれるように御月堂と共に入っていく。 エレベーターに行き、安野達が待っている部屋の 階を押し、動き出した頃。 「やはり、私よりも長く共にしている安野の方が仲良さげだな」 独り言のように言う御月堂に、ぼんやりとしていた姫宮は「え、あ、はい」と適当に返事をした。 が、それがいけなかったようだ。ピリッとした空気と共に、繋いだままの手に力がこもった。

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