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87.
数ヶ月ぶりに帰ってきたマンションを見上げている姫宮に、「大丈夫か」と声を掛けられた。
顔を向けると、心配そうに眉を少し寄せ、険しそうな顔をする御月堂がいた。
「ここまで来たからと言って、引き返すなとは言わない。無理なら帰ってもいい」
どうする、とこちらに差し伸べる彼の手を見つめた。
自分にはやらねばならないことがある。だから、ここまで来た。
「いえ、行きます」
その手に自身の手を添えた。
「⋯⋯無理はするなよ」
そっと優しく包み込むように握りしめた彼に引かれて、マンションへと入って行った。
目的の部屋に行くまでは一切の会話がなく、近づくにつれ、隣に並んで歩いている彼に聞こえしまいそうなほどの鼓動が、うるさくて仕方ない。
エントランスに入り、入居者と部外者を阻む出入口前のパネルの前に立った。
「いいか」
「はい」
部屋番号を打ち込み、呼び出しボタンを押す。
『御月堂様、それに姫宮様! 退院されたと聞きましたが、ご無事な姿が見られて、安野はようやく生きた心地がします』
「⋯⋯あの時は急にいなくなってしまい、大変申し訳ありませんでした」
『いえいえ! あの時の私の態度に気を悪くされてしまったのでしょう。こちらこそ、申し訳ございませんでした』
久方ぶりに見ても、変わらずの謙虚で姫宮のことを案じる彼女に、思わず口元を綻ばせてしまう。
「立ち話もなんだ。中に入らせてくれないか」
『あ、そうですよね。私としたことが⋯⋯申し訳ございません。では中にお入りください』
プツッと切れた後、目の前の扉が開かれた。
それに導かれるように御月堂と共に入っていく。
エレベーターに行き、安野達が待っている部屋の 階を押し、動き出した頃。
「やはり、私よりも長く共にしている安野の方が仲良さげだな」
独り言のように言う御月堂に、ぼんやりとしていた姫宮は「え、あ、はい」と適当に返事をした。
が、それがいけなかったようだ。ピリッとした空気と共に、繋いだままの手に力がこもった。
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