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90.
「私だけを見てろ」
目を見張った。
こちらを一瞥することなく、表情を変えない彼の横顔を見つめていた姫宮であったが、やがて顔を綻ばせた。
廊下を少し歩いた後、ある部屋の前に立ち止まった。
部屋番号を見ると、かつて一時的な住まいとして暮らしていた部屋だった。
「入るぞ」
「⋯⋯はい」
ドアノブを掴もうとする彼の手を見つめていた。が、彼が掴む前にドアノブが回った。
驚く二人の前に姿を現したのは。
「あ、御月堂さま、姫宮さま。お二人揃ってどーしたんです?」
小口がぼんやりとした目つきで見てきた。
この子は相変わらずマイペースで、ある意味安堵をしたが、それよりも注目してしまったのが、彼女が抱き上げている子どものことだ。
「事前に言われなかったか。安野に愛賀と共に来ることを」
「んー⋯⋯聞いたような聞いてないような⋯⋯」
「⋯⋯安野からお前の評価を聞いているが、仕事をよく放棄するそうだな。そういった面では、すぐさま解雇をしたいところだが」
「わたしが一番大河さまに懐いていらっしゃるから、しようにもできない、そう仰りたいのでしょう?」
「⋯⋯肯定したくはないが、そういうことだ」
口篭る御月堂に、勝ち誇ったかのようににんまりとした笑みを見せる。
そんなやり取りをする二人のことは、姫宮の耳には届いていなかった。
──愛賀と俊我⋯⋯。似たような名前なんだな。
「⋯⋯その子が、慶様が保護した子ですか」
「そうですよー。ほら、大河さまー、ママさまですよー」
姫宮と同じ目元の男の子が、小さく口を開けて、ぼんやりと見つめてくる。
が、顔を背けてしまった。
「あらー」と流石の小口も気まずそうな声を上げる。
「実のママさまに遠慮しなくていいんですよ」
「⋯⋯いえ、そういう反応をするのは無理もないです。この子が産まれた時にしか会ったことがないのですから、赤の他人も同然です」
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