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「私だけを見てろ」 目を見張った。 こちらを一瞥することなく、表情を変えない彼の横顔を見つめていた姫宮であったが、やがて顔を綻ばせた。 廊下を少し歩いた後、ある部屋の前に立ち止まった。 部屋番号を見ると、かつて一時的な住まいとして暮らしていた部屋だった。 「入るぞ」 「⋯⋯はい」 ドアノブを掴もうとする彼の手を見つめていた。が、彼が掴む前にドアノブが回った。 驚く二人の前に姿を現したのは。 「あ、御月堂さま、姫宮さま。お二人揃ってどーしたんです?」 小口がぼんやりとした目つきで見てきた。 この子は相変わらずマイペースで、ある意味安堵をしたが、それよりも注目してしまったのが、彼女が抱き上げている子どものことだ。 「事前に言われなかったか。安野に愛賀と共に来ることを」 「んー⋯⋯聞いたような聞いてないような⋯⋯」 「⋯⋯安野からお前の評価を聞いているが、仕事をよく放棄するそうだな。そういった面では、すぐさま解雇をしたいところだが」 「わたしが一番さまに懐いていらっしゃるから、しようにもできない、そう仰りたいのでしょう?」 「⋯⋯肯定したくはないが、そういうことだ」 口篭る御月堂に、勝ち誇ったかのようににんまりとした笑みを見せる。 そんなやり取りをする二人のことは、姫宮の耳には届いていなかった。 ──愛賀と俊我⋯⋯。似たような名前なんだな。 「⋯⋯その子が、慶様が保護した子ですか」 「そうですよー。ほら、大河さまー、ママさまですよー」 姫宮と同じ目元の男の子が、小さく口を開けて、ぼんやりと見つめてくる。 が、顔を背けてしまった。 「あらー」と流石の小口も気まずそうな声を上げる。 「実のママさまに遠慮しなくていいんですよ」 「⋯⋯いえ、そういう反応をするのは無理もないです。この子が産まれた時にしか会ったことがないのですから、赤の他人も同然です」

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