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退院してすぐに訪れた理由は、自身の子に会うことだった。 会って、今まで触れ合えなかった分触れ合おうとしていたが、やはりそれは幻想に過ぎなかった。 現実は、言葉を溢したようにこの子にとっては会ったことのない母親に対して、人見知りを見せるのは当たり前だ。 自分には実の子に触れる資格がない。 「気に病むのではない」 繋いでいた手が離れたかと思うと、肩を抱かれ、引き寄せられた。 「どんな事情があったのか、詳細は分からない。だが、私とお前が回数を重ねたことで会話をしてきたように、この子も触れ合っていくうちに、お前のことを母だと認識するだろう」 「慶様⋯⋯」 「そうですよぉー。わたしも出会った時から、懐いていたわけではないんですよ。何気なく一緒にいて、何気なく話しかけてみたら、なんですから。しかも大河さま、話すのが難しいみたいで、大河さまの名前を知ったのも最近になってからなんです」 「そうだったのですか」 「はい」 だから、悲しそうな顔をしないで、というような安心させるための笑みを見せる。 二人に心配をかけている。いつまでも落ち込んでいられない。 「私、この子が産まれてきて良かったと、幸せだと思えるために愛情をいっぱい与えたいです」 そっぽ向いたままの大河という名の男の子に微笑みかけた。 「それと、慶様」 「なんだ」 「契約をしていいですか」 ぴくりと眉が動く。 「私よりも、あの子に幸せを与えてくれないでしょうか。私よりも一番に幸せになって欲しいですから」 「それはできない」 呆気なくばっさりと言われ、胸が痛んだ。 がしかし。その言葉には続きがあった。 「大河のこともそうだが、同じように愛賀のことも幸せにしたい。無条件で一番に幸せにしてやりたい」 「慶様。そこまで仰られるなんて⋯⋯」 「そうですよー! 姫宮様は幸せになる権利があるのですよ!」

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