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顔を半分だけこちらに向けてきたのだ。 小さく声を上げている姫宮の手に、おずおずと小さな手が指先に触れた。 「た、いが⋯⋯」 きゅ、と遠慮がちに掴む小さな指。 かつて、一番の頼りになるはずの俊我が入院中にも来ず、初めての育児にどうしたらいいのか困惑している時、赤子だった大河が不意にしてきたことを思い出す。 「大河⋯⋯っ」 見ていた指先の視界が滲む。 「良かったな」 「はい⋯⋯っ」 さりげなく頭を撫でてくれている御月堂に、身を寄せた。 堕ちるところまで堕ち続けていた日々からすくい上げられ、小さな幸せが舞い降りた新たな一歩の一日。 こんな自分に、このようなことが訪れるとは思わなかったと、過去の自分は思うだろう。今でもふとした瞬間にそう思う。 そう悩む余裕がないほど、小さな幸せを噛み締めていきたい。 御月堂の腕の中で静かに泣きながら、これからのことを思い描くのだった。

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