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第6話
「どうした、早く飲め」
ネルガルから差し出されたビンを、天使は震える手で受け取ったのはいいが、それを飲むのを躊躇しているようで、何か言いたげに、ちらちらとネルガルとビンを順に見た
「……ぅ、あ……」
「?ああ、毒は入っていない。いいから飲め」
それでも天使は飲もうとしない
疑っているのか、それとも他に飲めない理由があるのか
無理矢理にでも飲ませてやろうか
そう思いネルガルは天使に向かって手を伸ばすが、天使は何かを察知したのかあの時と同じようにギュッと目を瞑る
ネルガルはピタリと手を止めた
なぜか天使のこの反応を見ると、また心臓の辺りが熱くなる
ネルガルは不思議に思った
「おい、メイド」
「はい。なんなりと」
ネルガルは天使からビンをひょいと、取り上げると、扉の方に声をかけた
すると外で待機していたのだろう
すぐさま扉が少しばかり開いて、その隙間からメイド服の下級悪魔が現れる
天使は新たな悪魔の存在を知り、また怯えた表情を見せたが、ネルガルは構わずメイド服の悪魔に命令をくだした
「グリフォンを呼べ。奴に伝えろ、天使が起きたと」
「承知いたしました」
「あと、こいつに着せる服を持ってこい」
「…天使にですか?」
「ああそうだ、早くしろ」
「承知いたしました」
そう言ってメイドはまた、少しの扉の隙間から出て行った
悪魔の存在が1人減り、天使は少し安心したような顔をしたが、またネルガルを見ては不安そうな表情に戻る
天使はこれから自分が殺されるとでも思っているのだろう
小さく縮こまって体を振るわせていた
普通はそうだ
だが、残念だが相手は魔界一の物好き
ネルガルである
天使の反応を面白そうに眺めるだけのネルガルに、天使は困惑を隠せないようだった
「失礼します。服を持って参りました」
「ああ」
「それからグリフォン様がおいでになりました。お通ししますか?」
「ああ」
しばらく経って扉がノックされた後、またあのメイドが部屋に入ってくる
その手には高級感のある服が、きっちりと畳まれた状態で運ばられていた
ネルガルはメイドに相槌を打ちながら、その服をなんでもないかのように受け取ると、その服をベッドにいる天使に投げるように渡した
「着ろ、今からグリフが来る。さっさと支度しろ」
天使は投げられた服を手に取ると、くりくりと目を動かして不思議そうに服を眺めた
ああそうか
天界では服を着れるのは上級天使だけだと聞いているが、それは本当らしい
目の前の天使は最初、薄い布を羽織っていたが、こんなにしっかりした服を着ること事態は初めてなのだろう
ネルガルに見られる中、あたふたと服に腕を通す天使が面白い
「?、??」
「ふっ、天使、そこは手でなく頭を通すところだ」
あまりの必死さにネルガルは耐えきれず笑ってしまった
そんなネルガルを見て天使は焦り、服がさらに絡まっていく
ネルガルは天使の服を己が着せてやろうと近づくと天使はまたぎゅっと目を瞑る
ああ、またこの感じ
最初よりは慣れたが不思議な感覚だ
悪い気がしないのも、また不思議なものだ
「目を開けろ。いいか天使、しっかり覚えるんだ。まずはここに腕を通す」
「う…?ぅう…」
「そうだ、そしたら今度はここに翼を…」
ネルガルは天使に手取り足取り服の着方を教えてやった
最初は天使も震えながらネルガルの言う通りにしていたが、いつの間にか熱心にネルガルの言葉を聞くようになっており、それがまた面白かった
その姿は警戒というより、好奇心が募っているように見えた
「賢いのかマヌケなのかわからないな」
「…?」
なんとか天使に服を着せ終わることができた
服は天使の背丈にぴったりで動きやすそうだ
「失礼しますネルガル様。グリフォン様をお連れしました」
「入れろ」
服を着た天使を眺めているとタイミングよくグリフが来たようだ
メイドに中に通すよう言えば、扉が開きグリフがいつものように大きなカバンを持って入ってきた
「何度も言いますが私は魔族専門の…」
グリフは部屋に入ってすぐに、また小言を言おうとしたのだろうが、天使の姿を見るや否や持っていたカバンを思い切り床に落とした
ドスンと鈍い音が響き天使が肩をびくつかせる
グリフはいつもなら落としたカバンを慌てて拾うはずなのだが今日だけはそうはいかなかったようだ
「か、可愛い!」
「おいグリフ、それ以上天使に近づいてみろ、殺すぞ」
「はっ、す、すいません。あまりに可愛いくてつい…天使に服を?」
「ああ、なかなかいいもんだろう?」
「ええ、ええそれはもう」
天使を一目見た瞬間、グリフはカバンそっちのけで天使に駆け寄った
天使は驚いたのか、グリフから距離を取るように後ずさる
薄茶色の大きな瞳の瞳孔は小さく細まり、恐怖で体も震えていた
すんでのところでグリフはネルガルに止められ、天使は難を免れたが、あのままだったら天使はグリフに喰い殺されていただろう
「グリフ、まずはその涎を拭け、汚らしい。天使が怖がっているだろう」
「え、ああ本当だ、失礼しました」
グリフは涎が出ていることも無意識なのか、気づかなかったとでも言うように急いで口周りをゴシゴシと袖で拭く
天使はその様子にいっそう怯えてしまったようで部屋の隅に隠れてしまった
全く、これだから低級は嫌なのだ
食べる事しか頭にないのだろうか
そう言えば昨日、天使の世話を頼んだメイドの1人が理性を無くして、天使を喰らおうとしていたことをネルガルは思い出す
それもネルガルがそばにいる時であったからそのメイドを止められたが、これからは天使を1人にしないようにしよう
「あのぅ、それで私は何をしたら?」
「ん、ああ天使が薬を飲もうとしないのだ。どうにかしろ」
「どうと言われましても…」
グリフはうんと頭を抱えるように唸った
「もしかしたら、口内を怪我しているとか?」
「あり得る、調べてみろ」
「わ、私みたいな低級が天使に触れていいのですか?」
「仕方がない。特別に許可する」
それを聞いた途端、グリフの目がこれでもかというくらい輝きだす
「夢みたいです!天使に触れられるなんて」
「お前はいつも大袈裟に物を言うな」
「それはあなたの主観がズレているだけです」
「減らず口を…おい出て来い天使、無理矢理引っ張りだされたくなかったらな」
ごちゃごちゃとうるさいグリフをよそに、未だ部屋の隅に隠れた天使を呼ぶ
ネルガルの声をちゃんと理解しているようで、ビクビクと怯えながらも物陰から出てきた
そんな天使を見たグリフは関心したように言った
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