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第20話
魔界に来てしばらく経った
あの日、ルシファーの元で光を浴びたことでリュミエルの体の調子はすこぶる良い
だが、有り余った体力の消費場面がなく、退屈をしていた
それに気づいたネルガルは外に出ることを許可してくれたのだ
初めて城の中をしっかり歩く
今まで寝室か浴室しか行き来しなかったため、他の悪魔達に会うのは初めてだった
その日は皆様々な目線をリュミエルに向けていた
だがそれも初期だけで2、3日もすればリュミエルが歩き回るのはすでに日常と化しているようだ
今日もやることがないため、外に出るために部屋を出る
重たい扉を開けるとそこにはいつしかのケルベロスが床に伏せていた
ネルガルやグリフがいない時は、ケルベロスがリュミエルに付けられるようになった
ただし、ケルベロスは地獄の門番の仕事があるため3つの頭は分離し、別々の個体になっているそうだ
つまり、今目の前にいるのは普通の犬と大差ない見た目だ
このケルベロスを共に連れれば1人でも歩き回る許可がでた
リュミエルにとっては悪魔よりも、獣に近いケルベロスは同じ魔物でも、気を使わなくてとても助かる
ケルベロスは扉からリュミエルが覗いているのに気づくとスッと立ち上がり、そっとリュミエルの横に並んで歩く
最初に会った時も思ったが、とても忠実で賢い
そんなケルベロスの頭を撫でると、凛々しい表情は変わらないものの、尻尾を軽く揺らすためそれがとても愛らしい
ケルベロスはすでにリュミエルにとっての癒しの対象になっていた
それに加えて、頼もしい
リュミエルを守るように歩くケルベロスと一緒にいれば悪魔の多いこの通路も、難なく通過できるようになっていた
庭園につくと特にやることもないため、ケルベロスを撫でながらぼーっと空を眺める
天界と比べて空は曇って薄暗いが、部屋に篭りっぱなしになるより断然いい。
時々飛び交う魔物を数えて暇を潰すのが最近の日課となった
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「なんだあれは」
「え?うわ、ホントですね。注意しに行きますか?」
「いや、俺も行く」
昼間、リュミエルに会いに行くためにグリフと寝室に向かっていたところ、ちょうど通りかかった庭園に、円を描くように人集りができていた
その全てが使用人で、おそらく皆仕事を放棄して集まっているであろう
何か問題があれば当主であるネルガルに話が来るだろうが、そのようなことは聞いていない
何事かとその人集りに近づくにつれて、だんだんと使用人同士の会話が聞こえてきた
「なんて可愛らしい」
「人形みたいだ」
「こんな間近で見たのは初めてだ」
そんな会話をやたらヒソヒソと小さな声で話す使用人達は後ろから近づいてきたネルガルには全く気づいてない様子だった
「…ん"ん"」
「え…あ、ね、ネルガル様!お帰りなさいませ!」
未だ気づかぬ使用人の背でグリフがわざとらしく咳払いをすると、それに振り返った1人の言葉に、皆が一斉に振り向いた
ネルガルの存在を知ると焦ったように頭を下げる
「何事だ」
「も、申し訳ありませんネルガル様。あまりにも珍しいもので、つい…」
使用人の1人がネルガルに謝罪し、他の使用人も怯えながらも謝罪をし始める
だからいったい、何が珍しいんだ
使用人を避けて中央に目をやると、ある物を見つける
「…手を出したのか?」
「い、いえそんな恐れ多いこと…決して我々は指一つ触れておりません!」
「一体何があるん…あ!リュミちゃんが寝てる」
使用人に詰め寄るネルガルを他所にグリフは中央に一目散に駆け寄った
そこには穏やかな表情でケルベロスにもたれながら眠る、リュミエルの姿があった
ここの使用人は天使を見たことのない者が多い。珍しさのあまり集まってきたのだろう
リュミエルが寝ているからと、ここぞとばかりに凝視する気持ちはネルガルにもわからなくもない
だが
「使えない者はいらない。首を飛ばされたくなければさっさと仕事に戻れ」
「は、はい!すみませんでした!」
そう言って一目散に散っていく使用人達を横目にリュミエルに目を向ける
「リュミ、外で寝るなと言っただろう?」
「ん…んぅ?」
「あ、起きちゃいました」
一連の騒動がうるさかったのだろう
寝ぼけ眼を擦るが、まだ寝足りないのか、再びケルベロスに擦り寄り目を閉じる
「まったく…ロス、しっかり見てろと言っただろ」
「だから言ったでしょう?犬畜生にはリュミちゃんを託すのに不十分です」
ネルガルが言及するが、ケルベロスはフンッと鼻を鳴らし、それが気に入らなかったグリフは不服そうに言った
「仕事さえなければ、私が見てあげられるのですが」
「無理だな。最近は負傷者が多い」
リュミエルを抱き上げながらネルガルは言った
「どうにかなりませんか?どう考えても医者不足です」
「残念だが俺じゃなく兄貴に言ってくれ。とは言っても、おそらく取り合ってもらえないがな」
そんなことを話していればあっという間に寝室に着く
リュミエルが歩いたときはもっと時間がかかる距離だったが
「おっと、犬畜生はここまでです。あなたは廊下がお似合いですし」
部屋に入るときグリフはケルベロスを一瞥して言った
何故そこまで辛辣なのだろう?
動物が苦手なのだろうか
運ばれてる間に目が覚めていたリュミエルは、ネルガルの背中越しにその様子を見てそう思った
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