21 / 38

第21話

「それで?話って何ですか?」 「そう焦るな。ほら、紅茶でも飲みなさい」 そう言ってルシファーは隣に立つ使いに合図をすると、流れるように紅茶を入れて、差し出される ルシファーの目の前の人物、 怠惰の悪魔、ベルフェゴールは紅茶を口に傾けると、一息ついてから再びルシファーに向き直る 「よい紅茶ですね。深い香りがとても好みです」 「…ベル。起きたばかりで申し訳ないが、お前に頼みがある」 「ええ、そうでしょうね」 今日、ルシファーがベルフェゴールを呼んだのは他でもない、リュミエルがかけられた呪いに関して話し合うためだ 以前、リュミエルが話せない原因として呪いの可能性があるという話が出た しかもその呪いの主人は、天界の王、ミカエルの物かもしれないという話も出てる 通常、呪いはかけた本人が自主的に解くか、あるいは死ぬかなどしないと解放はされない だがミカエルが相手では、彼を殺せるほどの力を持つものはそうそういない すなわち、リュミエルの呪いを解くのは現時点では不可能に近い だが、目の前に座るベルフェゴールは、この魔界で唯一呪いの類に詳しい人物だった 彼なら何か知っているかもしれない そう思い、ルシファーはベルフェゴールを自分の元に呼んだのだ 「なるほど、天使にかけられた呪いですか」 「ああ、お前なら何かわかると思ったのだが」 「心当たりは、なくはないです」 成り行きを聞いたベルフェゴールは、優雅な所作でティーカップを揺らしながら考えるように目を伏せた 「僕に頼むということは、それほどの代償が必要です。それもあのミカエルの呪いとなれば、尚更」 「わかっておる。できる限りのことは私が保証しよう」 「覚悟はできていると?なぜ一介の天使に、そこまでなさるのですか?」 ベルフェゴールにそう問われ、ルシファーは押し黙る しばしの沈黙の中、ベルフェゴールは変わらずカップを煽る どうやらルシファーの答えを気長に待つつもりのようだ 誤魔化しは効かない、そう思ったルシファーは口を開けた 「…あの子が、ネルガルが初めて興味を持ったものだ。大事にしてやりたいのだ」 「そうですか。ネルガルのことをしっかり考えているのですね」 その言葉を聞いて満足したのかベルフェゴールはスッと立ち上がる 見ると先程まで手元で揺らしていたはずのカップの中身は、いつの間にか空になっていた 「実物を見てみなければなんとも言えません。後日、ネルガルの元へ伺おうと思います」 「ああ、頼んだぞ」 ルシファーも立ち上がりベルフェゴールを見送ろうと向かうが、ベルフェゴールは 「どうかお気になさらず。早く帰って早く寝たいんです」 そう言って風の如く、物凄い早さで帰っていった ————————————— 暇だな… いつものように庭に転がるリュミエルは、退屈そうにあくびをした ここ最近はネルガルもグリフも忙しくしているらしく、特にやることがない ネルガルはともかく、グリフがいないと魔界語の勉強はできないし、城の中はもう見飽きたし、ここには何もなさすぎる ぷしゅっ 「………?」 突然、不思議な音が聞こえた気がしてリュミエルは起き上がる ぷしゅっ また聞こえた その音はリュミエルのいる正面入り口前の庭とは反対、つまり城の裏から聞こえてくる そういえば、城の反対側には行ったことなかったと、ふと思い出し立ち上がる この庭は城を囲むようにぐるりと広がっており、ネルガルには反対側には行かないよう言われていたため、今まで正面側にしか出たことがなかった 少しくらいなら、いいかな 暇を持て余したリュミエルは、軽い気持ちで裏庭を探索してみようとそちらに向かった 従者が行き交う通路を通るとおそらく捕まってしまうので少々遠回りをし、様子を伺いながら歩く 幸い、この時間帯は皆忙しくしているようで、庭まで出て来る者はいなかった 案の定、リュミエルは難なく裏庭のすぐ近くにまで行くことができた だが、そこまで来ると隣で歩いていたケルベロスが、リュミエルの袖を咥えて、邪魔するように進行方向の逆向きに引っ張り始めたのだ 「ヴゥ…」 小さく唸るケルベロスの力は全く強くないがまるで、行かない方がいい、と言っているように見えた だが、リュミエルは構わずケルベロスを振り払った 気になってしまったのだ この時のリュミエルは、恐怖よりも興味が上回っており、魔界に慣れたこともあってか、少し慢心していたのかもしれない 振り払われたケルベロスはそれ以上何もすることはなく、大人しくリュミエルについてきた そのことにリュミエルは安堵して、再び歩みを進めた きれい…! やっとのことで裏庭にたどり着いたリュミエルはその光景に目を光らせる そこには一面に咲き誇る、美しい花園が広がっていたのだ ぷしゅっ 先ほど聞いた音が足元でしたのでそちらを見ると、小さく白い綿毛のような物が地面近くをふわふわと飛んでいた そっと触れてみると、綿毛はプシュッと音を立てて萎んだが、少しずつ膨らんで元の大きさに戻り、またふわふわと地面近くを浮遊した さっき聞いたのはこの音だったのか 見たことのないそれはあちこちに浮かんでいて、プシュップシュッと音を立てながら浮遊していた 「ふふ」 リュミエルはそれを見て楽しくなり、辺りの綿毛をちょんちょんと触り回った プシュッとなんども萎んで、膨らむ その様子はなんとも不思議で、今までの退屈な時間が嘘のように思えた しばらく遊んで、リュミエルは花園の中心に一際大きい綿毛を見つける あれを触ったらもっと面白そう 見つけた瞬間、リュミエルは大きな綿毛に走り寄った その間も、ケルベロスはリュミエルの後ろをついてくる 大きな綿毛はリュミエルの顔ほどあり、胸辺りの高さでふわふわ浮いていた 早速リュミエルは綿毛に手を伸ばす どんな風に萎んで、どんな風に膨らむのか、早く見てみたかった つんっとリュミエルの指が綿毛に触れた 次の瞬間 「…!?」 突かれた綿毛は萎むことはなく、むしろ大きく膨らんでリュミエルの指をズムッと飲み込んだ 驚いたリュミエルは指を離そうとしたが、飲み込まれた指からビリっと電流が走ったような痛みが体を襲う いきなりの痛みにうずくまると、その間に辺りを浮遊していた小さな綿毛がどんどんと集まってくるのが見えた 小さな綿毛は大きな綿毛に吸収されるように飲み込まれていき、その分、リュミエルの指を捉えた綿毛は、ぶくぶくと大きくなっていく 助けて…っ! 後ろを振り向きケルベロスに助けを求めるが、どういうことかケルベロスはじっとリュミエルを見つめるだけで、一向に動こうとしない 焦るリュミエルだがその間にも物凄い勢いで大きくなる綿毛は、ついにリュミエルの肘あたりまで飲み込んできた 「や、い"ゔっ!?」 腕を引き抜こうとすればまた電流が走り、痛みにたじろぐ 大きくなり続ける綿毛は、すでにリュミエルの身長を優に超えていた 飲み込まれた腕の感覚は次第になくなり、体にも痺れが回る こんなことなら、ネルガルの言いつけを守ればよかった 自分のとった浅はかな行動を今になって後悔する 霞む視界の中、リュミエルは死を覚悟した 「燃えろ」 不意に背後から低く、唸るような声がした そして、視界は一気に真っ赤に染まった ピギャァァァアアアア!!! 途端、赤く燃え始めた綿毛は、悲鳴にも雄叫びにも聞こえる音を発しながら、リュミエルの腕から離れ、のたうち回るように空を駆け巡る 散り散りに小さな綿毛があちこちに逃げて行くが、火の勢いは凄く、それすら残さず燃え尽くす リュミエルより大きかった綿毛は、あっという間に燃え滓となっていった

ともだちにシェアしよう!