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第22話
目の前の脅威が去って、痛みからか安堵からか、リュミエルの体はふらりとよろける
その体を後ろから誰かに抱き止められた
だれ…?
振り向くとそこには口から微かに煙が燻っている、見たことのない人物。でも、どこか既視感がある
大きな犬耳に、尻尾、艶のある黒髪
まさか、ケルベロス?
驚きと困惑で動けずにいると、ケルベロスらしき人物はリュミエルを片手でヒョイと持ち上げた
「…帰ろう」
そう言って歩き始めた
「あれは、浮きくらげ。小さい生き物を、毒針で麻痺させて、食べる」
歩きながら発せられる彼の声は、ゆったりと優しい声音なのに、どこか無機質な冷たい印象が持てた
「毒、しばらく続くよ。君、動けない」
そう言ってリュミエルの飲み込まれた右腕を指さす
つられて見るとそこは青い痣のようなものが蕁麻疹のように広がっていた
そこを中心に体全体が麻痺している
まさか、あの綿毛一本一本、すべて毒針だったの?
そう考えるとリュミエルはゾッとした
「強い好奇心、時に己を殺す。…気をつけて」
彼の鋭い目にじっと見つめられ、慌ててこくこくと首を縦に振った
「ん、いい子…」
リュミエルの反応に満足したのか、彼は優しく頭を撫でると、頬やおでこ、目尻などに優しく啄むようなキスをしてきた
到底拒否できる雰囲気ではなかったため、リュミエルはそれを大人しく受け入れるしかなかった
彼の長い足で歩けばあっという間にいつもの見慣れた景色に戻った
すると、遠くで何やら人だかりができているのを見つけた
なんとなく、自分を探している人たちだろうと、リュミエルは察した
その人だかりの中から、リュミエルの姿を見つけるなり、一目散に駆け寄って来る人が見える
グリフだった
「リュミエル!ああ、よかった…見当たらないから心配したんですよ」
グリフはリュミエルを見るなり、彼から奪い取るように抱き上げると、ほっとしたような顔をする
だが、それも一瞬。
すぐに彼に向き直ると、今までにないほど怒りに満ちた声で怒鳴るように問いただす
「魔獣の声が聞こえましたが、まさか裏庭に連れて行ったのですか!?」
「くらげに、刺された」
彼はそう言ってリュミエルの青黒い右腕を指し示す
それを見たグリフはさらに捲し立てるように、彼を問い詰めた
「信じられない…。どうしてすぐ助けなかったんですか?いやまず、どうして裏庭になんか連れて行ったんです?」
「止めたけど、この子が行きたがっていたから。失敗から学ぶ、でしょ」
「にしても酷すぎます。ロス、この子は私達とは違うんです」
「どうして?一緒だよ。僕は間違ってない」
「ですから…」
「何事だ?」
2人の言い合いが続いていたが、後ろからネルガルの声がして、2人は口を閉ざした
ネルガルは振り向いたグリフに抱かられるリュミエルの姿を見るなり、目を見開く
ぼろぼろになった服、青黒く変色した腕、いまだ痺れてうまく動かせない四肢
ネルガルの顔は一気に怒りに満ち溢れる
空気は一瞬にして冷たくなり、ネルガルが放つ威圧感だけで、リュミエルは気を失いそうになる
「…ロス、これは、どういうことだ?」
「教えてあげた、危険なこと」
ネルガルはゆっくりロスに近づく
「死んだらどうするつもりだ?」
「死なない。僕がいるから」
ネルガルに臆することなく、ロスは濁りなくそう言った
一触即発
この場面を表すならその言葉しかないだろう
「リュミちゃん、見ちゃだめ」
「……?」
不意にグリフはリュミエルの目元を手で覆う
いきなり暗くなる視界に戸惑っているのも束の間、リュミエルの耳に、グチャリ、と嫌な音がしたのだ
「次は首だ、忘れるな」
目の前は塞がれたままで見えないが、ネルガルが近づいてくる気配はわかった
ネルガルから微かに、血の匂いが香った気がした
「行くぞグリフ。リュミの腕を治療しなければ」
「…はい、ネルガル様」
そう言って2人は城の中へと歩き出す
グリフの背中越しに、あの場に佇むロスの姿が見えた
彼は右腕を抑えているようだった
気のせいであって欲しい
揺れる視界の中ではっきりと見えたわけではないが、
ロスの肘から先の腕が、跡形もなく消えているように見えた
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