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第25話
部屋で大人しくネルガルの帰りを待っていると、扉が開いた
いつもの仕事でいなくなっていたと思っていたリュミエルは、意外にも早い帰還に肩を揺らした
振り向くといつも通りネルガルが立っていたが、驚いたのはロスが知らない魔族を片腕で抱きながら入ってきたためだ
3日ぶりのロスに会えたことも驚きだが、彼が抱いている魔族のほうが気になって仕方ない
ロスはそこらにあった椅子に抱いていた魔族を座らせると、一度リュミエルに向かって微笑んだ
だがすぐにロスはネルガルによって摘み出され、部屋に3人が残ったところで、ネルガルが話し始める
「挨拶しなリュミエル、こいつはベルフェゴールだ」
「こんにちはリュミエルちゃん。初めまして、僕はベル」
椅子に座る彼、あるいは彼女の声は幼子のようで、身長もすごく子供っぽい
愛想よく笑っているはずのベルのだが、顔が見えず、リュミエルは困惑した
ベルの格好は薄いベールに全身が包まれており、かろうじて体のラインが見えるくらいだ
不審に思われていることに気付いたベルは、顔を見せてあげようか、と言って、自身の顔にかかるベールをめくった
その姿を見てリュミエルは驚愕した
ベルの顔の半分は黒い紋様で覆われており、肌の上をうねうねと蠢いていた
顔だけではなく、首、肩にも広がっており、おそらく体中にあるだろう
その悍ましい姿を見てリュミエルは震え上がり、今すぐにも逃げたい気持ちになったが、
リュミエルを見つめるベルの瞳は笑ってはいるものの、どこか悲哀めいたものを感じ、逃げるよりも先にベルの瞳に釘付けになってしまった
ネルガルの瞳とはまた違った魅力があったのだ
「あれ、逃げないね。うーん、面白くない」
「だな、俺も怖がると思ったのだが」
「みんなは怖がるんだけどな…改めてこういう反応されると、なんか痒い」
そう言ってベルは恥ずかしそうにしながら紋様をカリカリと掻いた
みんな怖がる、と言う言葉を聞いてリュミエルは悲しくなる
自分の瞳も皆と違う色をしていた
そのため他の天使はいつもリュミエルを仲間はずれにしたがる
それが意味するのは耐え難い孤独だ
そんなことを思い出し、ベルにも同情心を抱いてしまったのだ
ベルの指や手は細く、肌も異常なほど白い
その原因はわからないが、皮膚を這いずる紋様がベルを苦しめているように思えてならない
気がつけばリュミエルは自らベルに近づいていた
「…心配してくれてるの?」
ベルはリュミエルを見据えると、幼なげな顔をゆっくり綻ばせた
なんだか心の中を見透かされたような気持ちになる
リュミエルはベルの紋様に手を伸ばすと、ベルは自分の手を重ねて、まるで頰ずるように擦り寄ってきた
生気を感じない冷たい頬に、リュミエルの手が触れた途端、じゅぅっと、何かが焦げるような音が聞こえた
その音は確実にベルと触れ合う手のひらからなっていた
驚いたがリュミエルの手に痛みはない、逆にベルの肌が冷た過ぎて、熱さなど全く感じない
ならば焼けているのはきっとベルの肌の方だ
咄嗟に手を引っ込めると、案の定、ベルの頬にはリュミエルの手型にそって赤く変色し、火傷したように血が滲んでいた
驚くリュミエルに、ベルは目を細めて言った
「この黒い痣は呪いだよ。誰かと触れ合おうとすると、痣はそれを許さない」
続けてベルは言う
「僕はこの呪いを解く方法を探して、呪いに詳しくなったんだ。だから君の呪いも解いてあげられるかも…君のこと、調べてもいいかな?」
火傷を気にすることなく、柔らかな声音で尋ねられて困惑した
今までリュミエルにそんなこと聞いてくる者などいなかった
そばで腕を組み黙っているネルガルだって、医者のグリフも、優しい顔したルシファーも、皆無遠慮に口に手を突っ込んでくるものだから困ったものだ
だが改めてこのように聞かれると、反応に困る
ベルはリュミエルが自ら口を開けるのを待っていた
リュミエルは恥じらいながらも何度もこじ開けられた口を初めて自分から開けた
ありがとう、と言いながらベルは口内を覗き始める
唇、顎、頬に触れるたび、ベルの指からじゅっと痛々しい音がなる
だがそれはたった数秒で終わる
ベルの手が離れ、調べ終わったと思い口を閉じたリュミエルだったが、いきなりベルに手を握られた
そして
「君、可愛いね!うちにおいでよ!可愛がってあげる」
「馬鹿言うな、リュミエルはやらん」
いきなり手を取られそんなことを言われ、あっけに取られていると、横から入り込むようにネルガルが不機嫌に答えた
「なら貸して、ロスを貸してやったでしょ?」
「駄目だ」
唖然と固まるリュミエルを置いて、何やら言い争う2人
どうやらベルはリュミエルを痛く気に入ったらしく、なんとか自分の手元に置こうとネルガルに交渉を強請っているようだ
先ほどまで痛々しい体を心配し、優しく肌に触れていた手は、今やベルに逃すまいと強く握られていた
あまりの豹変っぷりにリュミエルも驚きが隠せず、手を振り払おうともがくが、ベルの力は案外力が強かった
「嫌がってるだろう。離してやれ」
「ケチ、少しくらいいいじゃない。君は腕をもいだくせに」
「ロスのことは謝っただろ?いいから離せ」
リュミエルの指の間をベルの指が滑りこんでいく様を、ネルガルは我慢ならない、と言った様子で無理矢理振り払う
やっとのことでベルから逃れられたリュミエルはとっさにネルガルにしがみついた
先ほどまでの可哀想なベルの姿はまるでなく、ベルの瞳はまるで獲物を狙うようにじっとリュミエルを見据えていた
もうそこには悲哀めいたものはない。あるのは狂気じみた、獣の眼だ
とたんにベルが怖くなる
リュミエルの中で、近づいてはいけないと本能的に悟ったのだ
「ほらな、怖がってる」
「えー違うよ。ね?リュミちゃん」
怯え始めるリュミエルとは反対に変わらず話しかけてくるベルが心底恐ろしく思えた
リュミエルはネルガルの服の裾をきゅぅと掴み、拒否の意思表示を強く示した
その様子を見て諦めたのか、不機嫌ながらもベルは椅子に座り直す
彼の瞳が、再びベールの下へと伏せられた
「…失礼、ちょっと取り乱しちゃった。あまりにも可愛くて、あったかくて、欲しくなっちゃって」
「ペット探しなら他所でやってくれ。リュミエルは俺に懐いてんだからな」
「君に?冗談キツイよ」
リュミエルにしがみつかれ、満更でもなさそうなネルガルをベルは鼻であしらった
どうやら話はついたらしい
2人は一言二言話した後、すぐに本題に入った
先ほどのことには突然すぎて怖くなったが、今のベルの様子は普通だ
それに、何かあればネルガルが対処してくれるはず
だがやはり心配なのでリュミエルは念の為にネルガルにくっついたまま話を聞いていた
「それで?呪いはどうなんだ」
「ああ、単刀直入に言うと、直ぐには解けない。仕組みは単純、でも解くまでが難しい」
「どうすればいいんだ?」
「それなんだけど…ねぇリュミちゃん。一つ聞いてもいい?」
ネルガルの腕に収まり話を聞いていたリュミエルに、躊躇いがちにベルが問いてきた
断る理由もない、とコクリと頷くとベルはゆっくり息を吸う
何を聞くつもりだろう
そのときは、そんな軽い気持ちでベルの言葉を待っていた
「君は一体、天界で何をしでかした?」
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