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第26話

「…い…ルイ…」 暗かった目の前に眩しい光が照らされる まだ眠っていたい そんな気持ちから、キュッと瞼を閉じる 「ルイティス、起きる時間だよ」 「…!!」 耳元で囁かれたその声に、急いでバッと身を起こす やってしまった すぐさま隣の声の主を見やる 彼は肘をついて横に寝転がっており、ルイティスをじっと見つめている はだけた服から覗く白い肌が、なんとも淫らに見えて、すぐに目線をそらした 「も、申し訳ございません。ミカエル様」 「ここには2人しかいない。様はいらないよ」 「すみません…ミカエル」 言い直してやると、寝転ぶミカエルはフッと満足気に笑って起き上がり、軽く伸びをする そんな大したことない所作さえも、この人がやればたちまち優雅なワルツのように見える 服から覗く愛肌は白く滑らかで、まるで作り物のように美しい そんな姿に目を奪わそうになって、首を振って急いでルイティスも起き上がる ミカエルはこの天界で1番の権力者で、ルイティスはミカエルに使える従者だ 名目上、ミカエルの身の回りのサポートをするのがルイティスの役目だが、他の従者がほとんどやってくれるため、ルイティスはいるだけの存在だ そんなルイティスが唯一ミカエルの世話をするのが、夜間の眠りにつくまでの間だ この仕事はその名の通り、ミカエルが眠りにつくまで側に付き、眠れば早急に部屋から出なければならないが、なぜかミカエルはルイティスをベッドに上げたがり、抱き枕のようにルイティスに抱きついて眠るのだ そのおかげで部屋から出られず、ミカエルを起こして拘束を解いてもらうこともできないので、このまま夜通しつきっきりなことが多々あった それでもルイティスはなんとか明け方までにそっと抜け出して、静かに部屋を去るのだが、今日はなかなか手の拘束がとけず、気づけば自分も眠ってしまい、そのまま朝になってしまったのだ つまり、寝坊したのだ 「さて、お寝坊さんのおかげで時間が押してるよ。急がないとね?」 「…っ、お召し替えを、させていただきます…」 ルイティスは用意されていたミカエルの服を急いで持ってくると、震える手つきでいそいそとミカエルの服を脱がす 美しい肌を目前に顔を赤らめながらも、丁寧に脱がしていく そうして上半身の服を着せようとするが、彼の肩には自分の身長じゃ届くはずがなく、懸命に背伸びをし、背中の羽もパタパタと動かしてなんとか服を着せた 「下もお願いするよ」 「は、はい…」 その言葉にルイティスは恐る恐るミカエルの前で跪くと、ミカエルの下半身に手を差し出して、ゆっくりと服を脱がした 薄い布の下から覗くミカエルのそれに目を逸らしながらも、下の服も着せ終える 「終わりました、あっ…」 「うん、ありがとう。顔がすごく赤いね」 全てが終わり、跪いたままミカエルを見上げると、彼はまるで犬を褒めるようにルイティスの頬や頭を優しく撫でた 「す、すみませ、んんっ」 「君の着替えは、私が手伝ってあげよう」 「そ、そんな、お手を煩わせる訳には…ああっ」 ミカエルは断るルイティスを無視し、首元の隙間から服の間に手を滑り込ませ、ルイティスの体を弄り始める 片手は背骨をつつっとゆっくりなぞり、もう片手はルイティスの乳首を掻くように触ってくる 跪いていたルイティスはぞわぞわと肌が立ち、我慢できずにペタリと尻を床につけてしまった 「可愛らしいね。それじゃあ、また夜に会おうね」 彼はしばらくルイティスの顔、耳、首、肩辺りを撫でた くすぐったさに身を捩るルイティスに満足したのか、ルイティスの顎に手をかけ無理に上を向かせると、最後に額にキスを落とし、ルイティスを置いて部屋を出て行った ミカエルがいなくなりどっと疲れを感じたルイティスは脱力すると、脱がせっぱなしの自分の服と、ミカエルの脱ぎ捨てられた服をかき集めて部屋を出た 主にルイティスの仕事はこれだけで、後は夜になるまで何もない ただし休めるわけでもない 自室に戻り、身支度を済ませると、書物を取り出し勉強を始める その書物に並ぶのは、全て魔界語だ 通常、天使は物心がつくと男女関係なく戦士として育てられることが決まっており、力がつくと戦場に立ち悪魔と戦うことが定められている だがルイティスだけがそれを免除されている 代わりと言ってはなんだが、ルイティスは魔界語を学び、彼らが何を話し、何を考えているかを探る。言わばスパイのような役職だが、あまり需要はない それでもルイティスが懸命に魔界語を学ぶのは、どうしても戦場へと赴きたくなかったからだ 皆死を怖がることもなく、ミカエルのために命を削ることを厭わず、生まれた時から決まっている運命に、何も疑うことなく彼らは散っていく それが天使の定めだ それが天使の運命だ 口を揃えて唱えるそんな天界のルールがおかしいと思っているのは、ルイティス、自分のたった1人だけだった ルイティスは生まれた時から皆と違っていた まず最初の違いは瞳の色だった 天使は必ず碧眼か金眼のどちらかに別れる それなのにルイティスは生まれた時から瞳の色が茶色だった そんなルイティスを皆は侮辱し、蔑み、異端と呼んだ さらに幼き頃から皆戦士になることを夢見て自ら訓練に励む周りと違い、ルイティスは戦士になることを極端に嫌がった ルイティスは血を怖がり、痛みを怖がり、死を怖がった 皆ルイティスをおかしな奴と馬鹿にした だがルイティスからすれば、誰かのために己の人生を賭けるなど、それこそおかしなことだと感じていた 命令されればなんでもする天使達は、まるで生きているようで自我を持たない操り人形のようで、ミカエルに洗脳されていることに気づかない この異様さに気づいているのは、ルイティスだけだった そんなルイティスを異端だと思った母はすぐさまルイティスを処分しようとしたが、直前にミカエルがルイティスを拾ってくれたおかげで死なずには済んだ それからミカエルは何故かルイティスを気に入ったらしく、自らのそばに置くようになった ルイティスと言う名も、ミカエルが直々につけてくれたものだった 周りは皆ルイティスを羨ましがった 出来損ないの癖に、ミカエル様のお慈悲で生かされている。と だが当の本人は喜ぶことはできなかった なぜならルイティスは彼の残酷さに気づいているからだ 「今回の戦時で戦士の半分が死にましたが、いかがいたしますか?」 「そしたら新人を出させよう。まだ未熟だろうけど、前線に立たせれば囮くらいにはなるだろうからね」 「かしこまりました」 柔らかな声音で酷く恐ろしいことを言っているのに、従者はにこやかに頷くと颯爽とさっていく そんな光景に違和感を抱くのは、ミカエルの側に立っている自分だけ それでも納得できず、ミカエルに異議を申し立てても、聞き入れられることはない 「ミカエル様、その、彼らに戦場はまだ早いかと…」 「なら、代わりに君が行くかい?」 「…そ、それは…」 その言葉を聞いてルイティスは震え上がる 死ぬのは怖い、でも誰かが死んでいくのは見たくない まだ青年になりたての彼らの未来を考え、自分1人で済むのなら、とわかっているが、それでも体は正直でブルブルと震えていると、ミカエルはそっとルイティスを抱きしめるのだ 「ああ、可哀想にルイティス。怖がらなくていいんだよ。私は君を戦場に送ったりしないよ」 目の前の人物のせいで怖い思いをしていると言うのに、皮肉なことに縋れる相手は彼しかいない 優しく頭を撫でなれ安堵し涙する自分が心底憎らしかった 「死ぬのが怖いかい?ルイ」 「…い、はい、怖いです…ミカエル…」 「それでいいんだよ、君は特別だから。生きるためには誰かが犠牲にならないと…わかるね?」 「…はい…」 よしよし、と慰めるようにミカエルに頭を撫でられると、簡単に安心してしまう自分に腹が立った 自分だけ安全なところで息をし、目の前の命から目を背ける日々に、罪悪感を感じていた それでも自分に出来ることをしたくて、昼間になるとミカエルや他の天使達の目を盗んで子供達に会いに行っていた 「あーっ!異端だ!異端者が来た!」 「ねぇねぇいたんしゃ〜。今日は何話す?」 「しーっ。みんな、静かにね」 子供達はルイティスを見ると一斉に異端者と呼ぶが、慣れてしまったルイティスは特に怒ることもなく、代わりに子供達に静かにするよう促した ここにルイティスがいることは許されていないため、なるべく子供達を隠すように集まると、ルイティスは本を開いて子供達に話し始める 「今日は強い悪魔と、弱い悪魔の見分け方を教えてあげるよ」 「なにそれ、そんなことより、悪魔をたくさん殺すコツを教えてよ」 「そーだ!そーだ!」 子供達は羽をパタパタと震わせ興奮気味に目を輝かせるが、そんな姿を見てルイティスはやらせない気持ちになった こんなに純粋な子供達が、いずれは戦争へと連れていかれ、駒として使われることに怒りを覚えるが、弱い自分にはどうすることもできない せめてこの子達が出来るだけ生き残れるように教えることしか、今できる精一杯だった 「そうだよね。でも弱い悪魔をたくさんやっつけられたらミカエル様も喜ぶよ」 「本当?じゃあ俺、お話聞くー」 「私も!」 ミカエルの名を出すと、ワラワラとルイティスの周りには子供達が集まり、肩を寄せ合ってルイティスの話を聞く体制に入った 少し胸が痛んだが、彼らの気を惹きつけるには、ミカエルを理由にするしかなかった 「ツノを持たないのは弱い悪魔だから君たちでもやっつけられるよ」 「へー」 「逆に大きなツノと翼を持っている悪魔はとっても強いから、見つけたらすぐに逃げること」 「逃げる?なんでー?」 「なんでって…それは…」 殺させれてしまうからと言おうとして、咄嗟に口をつぐんだ この子達にとって戦死とは名誉なことであり、敵から逃げることなど恥でしかない ミカエルに死ねと言われれば喜んで敵軍に突っ込んでいくように育てられた天使に、もはや死への恐怖などは存在しない どう伝えようか迷っていると、向こうから誰かが近づいてくる音がして咄嗟に立ち上がった 「そ、それじゃあ今日はここまで。またね」 「もう行くの?」 「また来る?異端者」 「うん、またね」 子供達に手を振りそそくさとその場を離れる 目の前の門をくぐればルイティスの持ち場はすぐそこだが、門の手前で誰かに腕を引かれてしまった 「ぅあ!」 「お前、またこっちに来たのか」 「レ、レイア…」 ルイティスが振り向くとそこにはルイティスと同じくらいの背丈の少年が立っている 彼はルイティスの弟で、5歳年下だが、他より成長速度が早く、しっかりした体つきと、聡明な頭脳を持っており、ルイティスと同じくミカエルに使える従者だった レイアはルイティスを見るなり怪訝そうな顔をし、掴む腕をぎりっと握る 「何度言えばわかるんだ。神殿から出るなと言っているだろ」 「い、痛いよ…レイア」 「このことがミカエル様にバレたらこれだけじゃ済まないぞ。異物のくせに気に入られてるからって調子のってんじゃねぇよ」 「離して、離してよ」 痛みに耐え切れず必死にレイアの腕から逃れようともがくルイティスを見て興が冷めたのか、しばらくしてからレイアはやっと腕を離した 掴まれた箇所は赤くなっていたが、数分もすれば消えるだろう 「さっさと行け、お前なんか、見たくもない」 「…ごめん」 冷たく言い放たれた言葉に、目を隠すように俯くと、その場から駆け足で走り去った レイアは兄のルイティスを嫌っていた そんなこと、誰でもわかることだ ルイティスは陰で出来損ない、異端者、異物、と様々な呼び名で呼ばれている もちろんそんなこと生まれた時から言われていたし、実際何もできない木偶の坊だから、本人はなんとも思っていない だがレイアはどうだろうか どこへ行っても、出来損ないの弟、異端者の弟と、血が繋がっていると言うだけで自分とは全く関係のない他人と比較され続けていたことはルイティスも知っていた そうなればルイティスを嫌いになることは存分に理解できる だからいくら酷いことを言われても、ルイティスは言い返さず、ただ謝ることしかできない なんとかしてあげたいけど、僕には何もできない とはいえここから出ていくことはミカエルが許してくれない 天界は逃げ場のない監獄のようにルイティスを縛りつけ、罪悪感で押しつぶされそうになりながらも必死に息をする そんなルイティスを、ミカエルはいつも狂気じみた目で見つめていた だがルイティスはそれを受け入れるしかない なぜならルイティスは出来損ないで、異端者で、異物な存在だから、少しでも役に立たなければいけないのだ ほんの少し前までは、そう思っていたのだ

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