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第28話

「…はっ、ひゅっ、かひゅっ」 「おい、リュミ、どうした?リュミエル!」 今までの記憶を一気に思い出し、リュミエルは途端に息が出来なくなる どうして今まで忘れていたんだ 焼かれた喉の痛みを、苦しみを 大切な人を失う恐怖を キーンっと鋭い耳鳴りと共に目の前が点滅し始める どう息を吸って、吐くのか、今のリュミエルにはそのやり方が分からなかった 「あっちゃ、過呼吸だ。ロス!グリフをを呼んで…ってもう行ったか」 「おいベルフェゴール、お前リュミエルに何したんだ」 「ええ?何もしてないよ僕のせいにすんのやめてよ」 ネルガルはリュミエルを抱き上げると、ベルを威嚇するように問いただす 対するベルは呆れたようにため息を吐くと、立ち上がったネルガルを再び座るように言った 「まったく、過呼吸くらいで大袈裟な。直ぐにグリフが来るから座って待ってて」 「リュミが死んだら、お前を喰い殺してやる」 「だから僕のせいじゃないってば。すぐ人のせいにするのやめなよ」 ネルガルはベルに言われるがままリュミエルを姫抱きに膝に座らせる その間もうまく呼吸できないリュミエルを見下ろして珍しくオロオロしていた その時にはもうリュミエルは酸欠で顔は青ざめ、意識は朦朧とし始めていた しばらくすると飛んで来るように部屋にグリフがやってきた 相当急いで来たのだろう。グリフは息を切らしながらも、一目散にリュミエルに駆け寄った 「はあっ、はあっ、リュミちゃん、私を見てください。大丈夫、ここは安全ですよ。ゆっくり吸って…吐いて…」 グリフはリュミエルの目前にしゃがみ込み、深呼吸するように見せてみた リュミエルはそれを真似するように、何度か深呼吸を繰り返せば、だんだんと落ち着いてきた 「その調子、上手だよ」 グリフは優しく語りかけながら、リュミエルの背を撫でる ネルガルとベル、そして廊下から覗くロスは、その様子を静かに見守っていた 数分もすればリュミエルの呼吸は安定した 疲れてしまったのかリュミエルはネルガルの腕の中で眠り始めたタイミングで、ベルが席を立つ 「さて、天使は寝ちゃったしそろそろ帰るよ」 「はあ?おい待てよ、呪いの話はどうした」 「言ったでしょ?簡単だけど難しいの。ロスー帰るよー」 「だからそれを…っておい!」 リュミエルを起こさないよう、身動きできないネルガルをいいことに、止めるネルガルを無視してベルはロスに抱かれ部屋を出て行った 「なんなんだあいつ…何考えてるかわかったもんじゃねぇな」 「ベルフェゴール様は元からあんなものですから…それより、何があったのかお伺いしても?」 「なんだ、ロスから聞いてないのか」 「悠長にお喋りしてる時間なんてありました?」 グリフは嫌味っぽく言ってネルガルを睨むが、ネルガルは大して気にしていないように、これまでの経緯を説明したが、グリフも何があったのかわからないのか首を捻っていた 「過呼吸は過度なストレスや恐怖を感じて起こるものなので、ベルフェゴール様との会話の中で、何か引き金となったものがあるはずですが…」 「ふむ、まったく覚えてないな」 ネルガルの言葉にはグリフは、はあっとため息を吐くと、ネルガルにリュミエルをベッドに寝かすよう指示し始めた それに従い、ネルガルはゆっくりベッドにリュミエルを寝かす リュミエルの体は完全に力が抜けきっており、ダラリと下がる腕や足がベッドの中に沈んでいった 「しばらく安静にしましょう。起こしては可哀想ですし」 「ああ、そうだな」 グリフとネルガルは一目リュミエルの寝顔を覗いてから部屋を出て行った —————————————————— 「ルシファー様、ベルフェゴール様がお見えになられてます」 「ああ、通してくれ」 ルシファーは資料に目を通しながら言う 従者はそれに従い、扉の向こう側から、ベルを部屋に通した ベルはロスに抱かれたまま部屋のソファに座る 機嫌が悪いのか、ベルは静かにため息と共に苦言を漏らした 「ああ!疲れた、もう無理、いったい僕にあれをどうしろと…!」 「どうしたのだベル、何かあったのか?」 「何って、あの天使のことですよ」 「リュミエルがどうかしたのか?呪いは解けないだろうか」 ルシファーは資料をまとめ、ベルの前に座る ルシファーの言葉を聞いてベルは鼻で笑うと、入れられた紅茶を一気に飲み干した 「呪い?ははっ。まさかあれが本当に呪いだとでも言うのですか?」 「…呪いでないならば、なんだと言うのだ」 「はあ、呆れた。あなた本当に堕天使なんですか」 「はっきり言ってくれ、私はお前のように感情を読み取る力はないのだ」 ベルの態度に困ったようにルシファーは眉を下げる それを見て、ベルの機嫌は悪くなる一方で、膝に抱えるロスは2人のやりとりをオロオロしながら見ていた ベルの機嫌取りをしようと、頭を撫でたり、頰に触れたりするロスを見て、ベルは自分を律するように深呼吸を何度かすると、再び口を開いた 「……あの子は火種になる。生かしても殺しても、もう手遅れですね」 「火種、とは?」 「次の戦争、今までのお遊び程度じゃ済まないはずです。潮時なんですよ、そろそろ終わらせないと」 ベルはルシファーを射抜くように見つめるが、当のルシファーは言葉の意図が分からず困惑した顔をしていた ルシファーはなぜリュミエルが火種になりうるのか、なぜベルはそう思うのか理由を知りたい だがベルはそれをあえて避けるように口にしないのは、ルシファーに話したところで理解されないと思っているのだろう ベルフェゴールは他人の感情を読み取ることができる その条件は定かではないが、話す、触れる、見る、といった行動の中で読み取ることが多いと言う 時には強い感情は近くにいるだけで感じ取れるらしいが、その感覚はルシファー達にはわからない わからないものを説明するとなると、それなりに時間も労力も必要となる そんなこと、怠惰の悪魔であるベルフェゴールにとって億劫なことこの上ない 言いたいことは言えたのか、ベルは紅茶一杯分の時間で帰って行った ルシファーは再び書類に目を通すが、ベルの言葉が引っかかってしまい、ほとんど集中はできなかった —————————————————— 「帰ったら少し休もう、、1週間くらい。慣れないことはするもんじゃないね」 「わかった」 ベルはくあっと大きなあくびをしながら帰路を眺めた あと少しでベルの住む城につくが、直前でベルはロスに自分を降ろすように言った 「ロス、僕の代わりにあの天使を見張ってて。何かあればネルガルか僕に必ず伝えること。いい?」 「俺、また行っていいの?怒られたのに」 「ネルガルのことは気にしないで。アイツに任せていたらその内ぽっくり死んじゃいそうで怖いし」 「わかった。行く」 そういうとロスは城を後にし、リュミエルの元へと向かう 知らぬ間にかなり懐いていたのだろう ベルが見たロスの後ろ姿は、尻尾をしきりに振り、嬉しそうに歩いていた そんなロスの姿を見送ってから、ベルも城の中へ入っていった

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