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第一章(三)日下の思うところ

 あの後、優一(ゆういち)は流石にやり過ぎたと思い、念の為、(みゆき)に口止めをしておく事にした。 「これは愛し合っている二人がする事なんだ。僕と幸が仲がいいとお父さんが嫌がるからね。だから、二人だけの秘密にするんだよ。いいね」  幸は、大好きな優一の言う事だからと、疑いもせず素直に(うなず)いた。  しかし、この時の優一の言葉は、周りに知られたら幸に手を出せなくなると、そんな打算にまみれたものだった。  それに気付かず騙される幸は、優一にとって都合のいい存在でしかない。 「いい子だ」  優一はほくそ笑んで幸の頭を()でる。  幸はそんな事とは知らず、褒められた事が嬉しくて目を細めて優一を見た。  翌日も幸は店に来た。  その日は、店が開いていたので、優一も昨日のように大胆な行動には出られなかったが、日下が仕事で店を留守にすると、いつも以上にスキンシップをはかった。  優一はいつものように幸を店の奥に連れ込むと、仕事を教える振りで、幸に自分の股間を(こす)り付け、荒い息を吐きながら、シャツの下に手を入れて幸の体を直接手で撫で回す。  これでは、幸が鍵開の練習をしようにも、手が震えて出来たものではない。 「おじいさん、動くと鍵が開けにくいよ」  しかし、優一は聞き入れるどころか、かえって幸のズボンに手を入れて股間を触り始めた。 「これは、どんな時でも開けられるようにする訓練でもあるんだよ」  そして、適当な事を(ささや)いて、幸の首筋に舌を()わせた。  日下(くさか)が仕事から帰って奥の部屋に行くと、優一は慌てたように幸から離れた。  しかし、幸の顔は上気して服も気崩れており、二人が何をしていたかなど一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。  日下は、昨日見た二人の行為を思い出して憤りを感じたが、優一が怖くて何も言う事が出来ない。  その代わりに、心の中で忌々(いまいま)しそうに舌打ちをして、二人から目を()らすと「店に出とく」とだけ言って和室を後にした。  昼を少し回った頃、仕事も一段落したので、優一はいつものように幸を(ひざ)に乗せて弁当を食べ始めた。 「そんなに、ベタベタする必要があるのか?」  二人の様子に苛立ちを覚え、日下はつい口を出してしまったが、優一は全く気にする素振りも見せない。 「何を今更」  優一はそう言って、気にも止めずに(はし)を進めた。  幸は不穏な空気を感じ取り、困惑して日下の顔を見る。 「あの……」  しかし、日下はそれを無視して、幸から顔を背けた。 「俺は少し体調が悪いから、家に帰るよ」  そして、仮病を使ってこの場から逃げ出した。 「ただいま」  日下がアパートの部屋に戻ると、奥から(めぐみ)が慌てて出て来た。 「(おさむ)さんどうしたの?」 「恵」  日下は玄関を入ったところで、恵を抱きしめて激しく口付けた。  恵は驚いて押し戻そうとするが、日下はその手をしっかりと掴んだ。 「どうしたの?」  日下はその問いには答えず、恵をその場に押し倒した。 「恵は俺のものだ」  優一は、日下が帰った理由は、奥で幸と遊んでいたところを見たからだと考えていた。  しかし、日下は前々から、幸との関係に気付いていたのだから、優一も何を今更と思わないでもない。  それでも、日下が早退するほど腹を立てたとすれば、今回少しやり過ぎたからなのだろうと思い、優一は深く考えようとしなかった。  食事が急に重い空気に包まれ、幸は箸を持ったまま、どうしていいか分からず戸惑いがちに優一を見る。 「お父さんどうしたんだろう?」  しかし、優一は慌てるでもなく、落ち着いた声で幸に告げる。 「仕事が忙しかったから疲れたんじゃないかな?」  けれど、幸は心配で仕方がない。 「ちょっと見に行って来る」  そう言って、幸が出て行こうとするのを優一が止めた。 「大丈夫だよ。ゆっくり休ませてあげよう。きっとお母さんが看病してくれているよ」 「そうかな?」 「そうだよ」  そして、優一は幸に笑顔を向ける。 「食事が済んだらおやつを食べようか。幸の好きなお菓子を買ってあるんだ」 「はい」  返事をする幸の声は、先程より少し明るくなる。  そして、二人が食事を終えて菓子を食べていると、店の扉が開く「カラン」という音がした。 「ちょっと待っててね」  優一は幸を立たせると、表に出て行った。 「いらっしゃいませ」

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