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第一章(四)幸の初仕事

 日下(くさか)は店を早退した日から、出勤しなくなった。  ここまで来ると、優一(ゆういち)も流石に、日下がいつもの悪戯に腹を立てているだけと思えず、自室で(みゆき)を抱いているのを見られたのだと気付いた。  しかし、日下は優一に直接言う事はなかったし、元来臆病な性格なので、何か余程の事がない限り、口外する事もないと思われた。  とは言え、日下が来ないとなると、店は実質一人になる。  幸がいるにはいるが、まだ小学生の幸に店番をさせる訳にもいかないので、出張している時は店を閉めなければならなかった。  優一は色々考えた結果、それならいっその事、客先が許す時は、幸も一緒に連れて行けばいいと言う事に思い至った。  将来的には幸に店を任せたいと思っていた事だし、実際の鍵開けの勉強にもなるなら一石二鳥だった。  幸が来て一時間ほどした頃、店の電話が鳴った。  優一が出ると、車の鍵を紛失したと言う事だった。  先方は幸の同行を快く許してくれたので、一緒に現場に向かう事になった。  指定された駐車場に着くと、依頼主の女性が待っていた。 「お待たせしました。日下ロックサービスです」  優一は名乗ってから一通りの説明をし、作業をする事になった。 「あら、こちらが言っていたお弟子さんなの?」  客は幸を見て笑顔になる。  幸はおどおどしながら、ぺこりと一礼した。 「すみません。人見知りが酷くて」  優一は苦笑しながら頭をかいた。 「早速ですが、仕事に取り掛かってもいいでしょうか?」 「あら、ごめんなさい」  幸はもう一度客に頭を下げると、大急ぎで優一の傍に行った。  幸は趣味という趣味は何もなかったが、唯一鍵開けだけは好きだった。  幸が初めて開けたのは、優一から貰ったお菓子の缶の鍵だった。  優一が用意したのは、子供に開けさせる為の物だったし、おもちゃ程度の簡単な鍵だ。 「開けてごらん」  優一は缶とピンを渡した。  幸は不思議そうな顔で缶を受け取ると、鍵穴にピンを差し込んで、カチャカチャと動かし始めた。 「開けたら呼んでおくれ」  いくら子供だましの鍵とはいえ、開けるにはしばらくかかるだろうと、優一が店に出ようとした時、後ろから幸の声に呼び止められた。 「おじいさん。開いたよ!」  声をかけられて振り向くと、幸が開いた缶を見せて嬉しそうに笑っていた。 「まぐれかな?」  優一は、喜ぶよりもまず疑った。  幸に店にある簡単な南京錠(なんきんじょう)を渡すと、優一の見ている前であっさりと開けて見せた。 「すごいな」  優一は、幸にまだ何も教えていない上に、ちゃんとした道具も渡していなかった。  それなのに、簡単に開ける事が出来たのは、幸に才能があるからに違いない。  優一は幸の頭に手を置いて髪をくしゃくしゃにした。 「僕の仕事を手伝ってみないか?」  幸は褒められたのが嬉しく、笑顔で頷いた。  いくら幸に才能があるとはいえ、実際に仕事で鍵を開けるのは初めてだし、万が一にも客の車に傷をつける事などあってはならない。  それで、今回は一先ず優一の作業を隣で見て勉強して貰う事にした。  幸は真剣な顔で優一の手元を見ている。  多少ゆっくり開けたとはいえ、難しい鍵ではないのであっという間に開いてしまったし、優一もこれだけで覚えられるなどとは思っていない。 「どうだった?」 「面白かった」  幸は質問の意味が分からなかったのか、見学している時の気持ちを答えた。  その様子が可愛くて、優一は声を出して笑った

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