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第一章(十)今後の対策

 翌朝、(みゆき)は店に着くと、いきなり優一(ゆういち)に抱きついた。 「どうした?」  今まで、幸がこんな態度をとった事がなかったので、優一は戸惑った。 「お父さんに知られたのかも」  幸の体が小刻みに震えていた。 「お父さんがどうしたんだい?」 「お父さんが怖い」 「何かされたのかい?」 「蹴られた」  優一は幸のシャツをめくってみると、体にはいくつもの痣があり、何度も蹴られた事が分かった。  優一は二人の関係が日下(くさか)にバレている事には、以前から気付いていた。  けれども、日下は気付かない振りをしていたし、臆病な日下が行動に出るとは思ってもみなかった。  それに、バレたのだとしても、怒りの矛先が向かうとするなら、それは優一に対してだろう。  幸が被害者なのは、誰の目にも明らかなのだ。  (しか)るべきところに相談した方がいいのだろうが、優一が幸に対して行っている行為も明らかな虐待だった。  優一は考えた末に、日下を呼び出して注意をしておく事にした。  日下は幸が話した事には腹を立てるかもしれないが、優一には逆らえないだろうし、一回釘を刺しておけば少しはマシになると考えたのだ。 「僕から話してみるよ」  優一はそう言って幸の肩に両手を乗せた。  すると、幸は安心したように優一を見た。 「ありがとう」  そこで、優一は早速、日下に電話をしてみたのだが、いくらかけても連絡がつかず、(めぐみ)にかけても同様だった。  とりあえず、恵の携帯の留守番電話にメッセージを残しておいたので、連絡が来るのを待つ事にした。  そして、優一が一息ついた時、店の電話が鳴った。 「はい。日下ロックサービスです」  しばらく客と話してから電話を切ると、幸に笑顔で話しかけた。 「幸、一緒に仕事に行くかい?」  優一はそれが幸にとって、一番の気分転換になると思ったのだ。 「はい」  幸は優一の顔を見て微笑んだ。  今回の仕事は家の鍵を紛失したので、開けて欲しいという依頼だった。  優一は道具一式用意して車に乗り込むと、幸がシートベルトを締めるのを待ってから車を発進させた。  現場は店から車で十分の距離だったから、あっという間に到着した。  優一は挨拶をすませると、早速鍵穴を確認する。  それからにっこり笑って客を見た。 「すぐ開きますから、心配しないでください」  玄関の鍵は簡単なシリンダー錠だった。  優一は道具を鍵穴にさして、一瞬で開けてしまった。 「開きましたよ」 「ありがとうございます」 「別にお金はかかりますが、合鍵は必要ですか?」  すると、客は顔の前で手を振った。 「家にあるので大丈夫です」 「そうですか」  優一はにこやかに応じながら、今回の請求書を渡した。 「それでは、代金はこれになります」 「はい、ちょっと待ってください」  客は家の中に財布を取りに行くと、優一に代金を手渡した。  優一はそれを受け取ると、笑顔で礼を言った。 「ありがとうございます」  それから、「念の為」と言いながら、客に声をかける。 「鍵をなくしたのでしたら、鍵の交換をオススメしますよ。今より防犯性に優れた鍵もありますので、何かありましたらまたご連絡ください」  店に戻って一息ついたところで、恵から連絡があった。 「ああ、恵ちゃんすまないね」 『あ、お義父(とう)さん。(おさむ)さんに用事って何でしょうか? 連絡つきませんでしたか?』 「そうなんだよ。それで恵ちゃんに伝言をお願いしようと思ったんだ」 『はい。いいですよ。ちょっと待ってください。あ、大丈夫です』 「幸の事で話があるから、店に来て貰えないかと思ってね。いつだったら来れるか聞いて貰えないかい?」 『あ……』  通話先の恵は明らかに動揺していた。 「大丈夫かな?」  恵は少しの沈黙の後答える。 『分かりました。伝えておきます』 「よろしく頼むよ」  優一はそう言うと電話を切った。 「お父さんと話が出来るように、お母さんに頼んでおいたよ。僕がちゃんと話すから心配しなくていいからね」  そうは言ってみたものの、本当に上手く行くかはやってみなくては分からない。 「ありがとう」  けれど、幸は優一の言葉を聞いて、安心したように微笑んだ。

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