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第一章(十二)生活の為に

 (めぐみ)はパートで働く事になった。  働く事になったというよりも、働かなくてはならなくなったという方が正しいかもしれない。  そして、そうなった理由というのは生活の為だった。  日下(くさか)が働かずに飲み歩いてばかりいる為に、蓄えがどんどん目減(めべ)りしていき、このままでは家計が立ち行かなくなるというところまで来ていたのだ。  恵が働いたところで追いつくとは思えなかったが、働かない訳にはいかなくなった。  恵は仕事の経験がほとんどなかったので、やっていけるか不安ではあったが、そんな事を言っている場合ではない。  早速、求人情報をみて何件か応募してみる事にした。  そして、一件目に面接を受けたスーパーで即採用となり、レジ打ちの仕事をする事になった。  勤務時間は十時から十九時と、一時間の休憩を挟んで八時間の労働だ。  時給も他に比べて多めだったし、勤務時間が優一(ゆういち)の店の営業時間と同じというのも都合が良かったので、恵はここで働く事に決めたのだ。  そして、今日が恵の初出勤の日だった。  (みゆき)が店から戻ると、家には誰もいなかった。  ただ、テーブルの上には、ラップのかけられた食事と、恵が書いたメモが置かれていた。  幸はメモを手に取る。 『七時半には帰ります。おなかがすいたら先に食べておいてください。おなべにお吸い物があります」  幸はメモに読めない漢字があったので、優一から貰った電子辞書を出して調べてみる事にした。  幸が手紙を読み終えて時計を見ると、もう十九時半前だった。  あと少し待てば恵が帰る時間になるので、幸は食卓について恵を待つ事にした。  そして、優一とした仕事を思い出す。  今日は出張が九件、来店が六件あった。  幸は人と接するのは苦手だったが、優一と一緒に仕事が出来るのはとても楽しかった。  閉店時間辺りは客が誰も来ないようだったので、優一は十八時過ぎに店を閉めた。  その後、幸は優一に体中を撫で回された。  幸はその行為が嫌で堪らなかったが、優一が嬉しそうにしているのを見るのは好きだった。  だから、大好きな優一を喜ばせる為に、抵抗せずに体を任せた。  口付けられ、体中を触られ、股間を扱かれる。  けれど、その間中、優一が荒い息を吐きながらも『可愛い、いい子だ』と褒めてくれる事が、幸にはとても嬉しかった。  それに、日下の件で助けてくれた事もあり、幸は今まで以上に優一の事を好きになっていたので、自分が利用されているとは全く考えもせず、ただ純真に優一を慕っていた。 「ただいま」  恵は十九時半過ぎに帰って来た。 「おかえりなさい」  幸は玄関まで迎えに出る。 「待っててくれたの? 食べてて良かったのに」  恵は中に入ると、食事をレンジに入れた。 「待てるなら、今度からお弁当でもいい?」 「はい」  日下は外に飲みに行くので夕飯はいらないのだ。  恵は話しながら着替えをすます。 「じゃあ、今度からお弁当を買って帰るね」  言いながら、お茶を汲んでテーブルに置いた。 「おじいさんとはどうだったの?」  恵は汁物を火にかけて温める。 「おじいさんが話してくれて、お父さんは僕にもう暴力を振るわないって言ってくれた」 「そう」  恵は話しながら食事の準備をすませると、一緒にテーブルについた。 「食べようか」  幸は頷いて合掌した。 「いただきます」  日下が帰って来たのは明け方だった。  大きな音を立てて乱暴にドアを開けると、入ってすぐの床に倒れ込んだ。 「(おさむ)さん大丈夫? ベッドに行って寝よう?」  恵は日下の腕を取って立たせようとするが、重くて抱えあげる事が出来ない。  最初は起こそうと思ったが、酔いが醒めたら暴れるかもしれないと考え直し、そのまま寝かせておく事にした。  そして、恵が布団を取りに行こうと思い立ち上がった時、日下が足首を掴んできた。 「起きてるの? 起きてるなら……」 「恵……」  日下は足首を引いて恵を床に寝転ばせると、その上に覆いかぶさった。 「何するの? 修さん待って」  日下は制止を気にもせず、その場で恵を襲い始めた。 「恵は俺だけのものだ」  酒臭い息を吐きかけながら、恵の服を脱がせ始める。 「待って、ここじゃなくて寝室で」 「誰にも渡さない」  目を覚ましてトイレに行こうとした幸は、その光景を見て慌ててドアを閉めた。  それは、幸が優一とやってる行為によく似ていた。  日下と恵は愛し合っているのだから、その行為をする事に何の問題もない筈だ。  それなのに、幸はとても醜いと思ってしまった。  そして、幸は優一とそれをしているのだ。  幸は部屋のドアに背中を持たれかけると、口を(ふさ)いで床にしゃがみ込んだ。

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