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第一章(十五)可愛い鍵屋さん

 (みゆき)を連れて行くようになってから、日下(くさか)ロックサービスはますます忙しくなっていた。  いつからか「可愛い弟子を連れた鍵屋さん」と評判になり、仕事が殺到(さっとう)するようになったのだ。  幸は酷い人見知りな上に無口だったから、客と挨拶以外の言葉を交わす事はなかったが、可愛い顔を見る事が出来れば満足という客が後をたたなかった。  しかも、その中には、率先(そっせん)して幸に仕事をして欲しいと言ってくる客も多く、幸の修行にはもってこいだった。  幸はもともと才能があった事もあり、優一(ゆういち)を追い越すのにそれほど時間を必要とはしなかった。  そして、可愛くて腕がいい子がいると、さらに評判になった。  幸はもう、店になくてはならない存在になっていた。  その日も、優一は幸を連れて、あちこちに出張していた。  朝から仕事が忙しく、優一は少しくたびれていたが、幸は仕事が楽しくて仕方ない様子で、少しも疲れた顔を見せなかった。  この日、最後の依頼は、車の鍵を紛失したので開けて欲しいというものだった。 「お待たしました。日下ロックサービスです」 「ああ、待ってたよ。頼む」  優一は客と言葉を二言三言交わすと、すぐに作業に取り掛かる事にした。  予め聞いてはいたが、車は外国産の高級車で、イモビライザーが搭載されていた。  作業はふたつ、鍵を開ける事と、イモビライザーの登録だ。  優一が作業を始めようとすると、客が幸の方に手を伸ばした。 「可愛いね。おいで」  しかし、幸は優一の陰に隠れて出ようとしない。 「すみません。人見知りで」  優一が頭をかきながら言うと、客は豪快に笑った。 「いいよいいよ。こんなに可愛かったら、悪い人に連れて行かれないとも限らないし、人見知りくらいの方がいい」  その後、優一が客に聞かれて幸の話をしていると、客が笑顔で幸に作業をさせてもいいと言い出した。 「え? でも高級なお車ですし、傷がつくといけませんから」  しり込みする優一をよそに、客は幸に向かって話しかけた。 「お嬢ちゃん、鍵を開けさせてあげるから、こっちにおいで」  幸は鍵を開けさせて貰えると聞き、優一の陰から顔を出した。 「おいで」  客がもう一度呼ぶと、幸はもじもじしながら歩いて行った。 「いい子だね」  幸が傍に行くと、客は笑顔で頭を撫でた。 「抱きしめたいけど犯罪だしなあ」  そう言って、客は大声で笑った。  作業はスムーズに終わった。  幸は車を傷付けずに鍵を開ける事が出来たし、登録作業は幸に教えながらだったので、少し時間はかかったが、問題なく完了した。 「こんなに小さいのに凄いなあ」  客はしきりに感心し、幸にとチップもくれた。 「ありがとうございました。また何かありましたらお願いします」  優一は礼を言って報酬を受け取ると、幸を連れて店に戻った。  優一は帰りの車の中で、幸に問いかける。 「仕事は楽しいかい?」 「はい」  優一は幸の返事を聞いて、笑みを浮かべた。 「幸はもう立派な鍵職人だ」  優一が頭を撫でると、幸は嬉しそうに笑った。

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