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第一章(十八)古い金庫

 その日から、(みゆき)優一(ゆういち)と暮らす事になった。  嫌な事もあったが、大好きな優一と一緒にいられるのは嬉しかったし、鍵屋の仕事も楽しかったから、我慢する事が出来た。  幸は、昨日の名残で体がだるかったが、仕事は大好きだったので、開店の三0分前には、仕度をすませて和室にいた。  優一が開店準備で、シャッターを上げて戻って来た時、タイミング良く店の電話が鳴り始めた。 「はい。日下(くさか)ロックサービスです」  優一は応対しながら、メモ用紙にペンを走らせた。 「はい。分かりました。すぐに伺います」  幸は、優一が電話を切るとすぐ、目を輝かせて聞いて来た。 「今から仕事?」  聞かれて、優一は幸の頭に手を置いて笑いかける。 「そうだよ。早速、準備をして出かけようか」 「はい」  幸は優一に言われて、綺麗な顔で笑った。  今回の依頼は、倉庫から出て来た古い金庫の解錠だ。  父親の遺品整理の為に倉庫を片付けていたら、奥の方から金庫が出て来たらしい。  しかし、鍵の開け方が分からず、中に何が入っているか確認出来ないので、金庫を開けて貰う為に鍵屋を呼んだという事だった。  優一が依頼先に着いてインターホンを鳴らすと、すぐに子供の声で応答があった。 『あ、待って!』  それだけ言うと、優一が名乗る前に通話が切れ、続いてバタバタという足音が聞こえた。 「お待たせ」  声と同時に玄関のドアが開き、兄弟と思われる二人の子供が顔を出した。 「お待たせしました。日下ロックサービスです。お電話を貰って来たんですが、お家の人はいますか?」  優一は子供たちに笑顔を向けた。 「倉庫にいるよ!」  大きい子が優一の袖を引っ張った。  その時、幸は子供と目が合い、思わず優一の陰に隠れた。 「あれ? きみ何年生?」 「名前なんて言うんだ?」  小さな子と大きな子が交互に話しかける。 「幸……」  幸は小さな声で答えると、優一の背中にしがみついた。 「ごめんなさい。人見知りが酷くて」  優一はそう言って苦笑した。  子供たちに案内されて、二人は倉庫に着いた。 「お待たせしました。日下ロックサービスです」  声をかけると、すぐに夫婦と思われる男女が出て来た。 「ああ、鍵屋さん! 中に入ってください」  二人は、父親と思われる男性に促されて、倉庫の中に入った。 「可愛い子ですね。お孫さんですか?」  母親と思われる女性が話しかけて来た。 「ええ、そうです。この子は今、鍵屋の修行中なんですよ」  優一が答えると、二人とも感心したように目を大きく見開いた。 「へえ。こんなに小さいのに凄いね」  父親に言われて、幸は恥ずかしそうに優一の後ろに隠れた。 「すみません。酷い人見知りで」  優一は苦笑した。 「それで、金庫はどこですか?」 「ここだよ!」  大きい子が優一の手を引いた。 「ああ、これですか。見せて貰いますね」  それは、古びたダイヤル式の金庫だった。  別に壊しても良かったのだが、その家族が急いでいる風にも見えなかったので、優一は提案して、幸に作業をさせて貰えないか聞いてみた。  すると、自分たちも作業を見ていて良いのならと快諾してくれたので、少し離れた場所で見て貰う事にした。  しかし、流石に子供たちがいると、幸の邪魔になりかねないので、倉庫から出て行って貰った。 「出来そうかい?」  幸が金庫を食い入るように見つめていると、優一が優しい声で尋ねる。 「はい」  幸はそう言うと、鍵穴に道具を差し込み、カチカチとダイヤルを回し始めた。  夫婦は、作業について、優一に色々と聞いていたが、幸は何も気にせず、ただ金庫に集中していた。  時間にして二0分ばかり経った頃「カチリ」という音がして、金庫が開いた。 「開きました」  幸がそう言うと、一同は幸の方を見る。  金庫の中身は空っぽだったが、幸は開ける事が出来て、嬉しそうに微笑んでいた。 「よくやったな」  優一は幸の頭を撫でた。 「ありがとう。本当に開けちゃったのね」 「凄いな」  母親も父親も幸につられて笑顔になる。  しかし、当の幸はというと、照れくさそうにして、優一の陰に隠れてしまった。 「何も入ってなかったけど、いいものを見させて貰いましたよ」  父親はたいそう喜んで、チップをくれた。 「これで幸ちゃんに、何かご褒美でも買ってあげてください」  優一は、また幸が女の子に勘違いされているのではと思ったが、あえて訂正はせずに、笑顔で報酬を受取った。 「ありがとうございます」  そして、幸を促して頭を下げさせた。 「……ありがとうございます」  幸は聞こえるか聞こえないかの小さな声で礼を言った。

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