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第一章(二十)仕事にも慣れて

 (みゆき)が鍵屋の仕事をするようになって一年が過ぎた。  この頃には、幸も人と接する事に少しは慣れて来て、挨拶と簡単な受け答えくらいは出来るようになっていた。  幸は腕は抜群なのだから、人見知りが治れば、近い将来には一人で仕事を任る事が出来るようになるだろう。  優一(ゆういち)は、未来の跡取りが少しずつ成長している事を嬉しく思った。  この日は、開店前から電話がかかって来た。  優一が電話を受けると、先方は酷く慌てた様子で、ダイヤル式の金庫が開かないと連呼していた。 「落ち着いてください。番号も分かっていて、鍵もあるんですよね? 今から開け方を教えますから、その通りにしてください」  そう言って、電話越しに開け方を教えるのだが、どうも上手く開ける事が出来ないらしい。  優一は、このまま話していても(らち)が明かないと、幸を連れて先方に行く事にした。  車で十五分ほど走ると、目的の事務所に到着した。  優一が声をかけると、この会社の社長という初老の男が出て来た。 「お待たせしました。日下(くさか)ロックサービスです」 「ああ。こっちです」  社長は挨拶もそこそこに、優一を件の金庫の前に誘導した。 「番号が分からなくならないように、ガムテープでダイヤルを止めていたんですが、急に開かなくなったんですよ」  この会社では、いつもはダイヤルを動かさずに、鍵だけで金庫を開けていたらしい。  優一に言わせれば、せっかくの金庫の役割が半減すると思うのだが、こういう状態で使っている人も少なくないのが現状だった。 「番号は分かりますか?」  優一が尋ねると、社長はデスクマットの下から、番号が書かれた紙を取り出した。  そこには、「19、20、45、23」と四つの番号が記されていた。 「じゃあ、実際にやりながら、開け方を見て貰いますね。幸こっちにおいで」 「はい」  幸は人が怖くて入口にいたのだが、優一に呼ばれて慌てて金庫の前に行った。  子供の声に、仕事をしていた数人の社員と、社長が同時に幸を見た。 「あら、可愛い」 「これは可愛い」  社員は口々に言って、幸に笑顔を向けた。 「この子が言っていたお弟子さんですか?」  社長は思い出したように言うと、幸に話しかけた。 「名前は何て言うんだい?」 「幸……です。よろしくお願いします」  オドオドしながらも、幸は何とか挨拶をした。 「幸。お客さんに金庫の開け方を説明して貰えるかな」 「はい」  幸は金庫の前に座ると、ダイヤルのテープを外して、鍵を差し込んだ。 「まず、開くかどうか試してみます」  そう言って、渡された紙の通りにダイヤルを回すと、金庫は簡単に開いた。 「説明、します」  幸は一旦さしていた鍵を抜いてから、説明を始めた。 「まず、鍵をさして、それからダイヤルを回します。最初は右に四回転以上回して『19』に合わせます」  幸はゆっくりと、社長に見えるようにダイヤルを合わせた。 「次はここから左に回して、『20』の数字を二回通り過ぎてから三回目に合わせます」  優一は幸の代わりに、説明を紙に書き留めて行く。 「そして、右に回して、『45』を一回通り過ぎてから2回目に合わせます。次は左に回して、一回目で『23』に合わせます。そして、鍵を回します」  幸が鍵を回すと、「カチリ」と音がして金庫が開いた。  周りから、小さなどよめきと拍手がおこった。 「小さいのに凄いな」  社長も感心したように言って幸を見た。  しかし、幸にはどうして褒められているのかよく分からず、困ったような顔で笑った。 「頑張ったな」  優一は幸の頭を撫でたが、勿論(もちろん)金庫を開けられた事を褒めたのではない。  幸が金庫を開けられるのは当たり前の事だ。  しかし、自分が説明するよう頼んだとはいえ、人見知りの幸が、客にきちんと説明出来た事に感心したのだ。 「きっと幸はいい跡取りになるね」 「ありがとう」  優一の言葉が嬉しくて、幸は綺麗な顔で笑った。  その後、何度か社長に試して貰ったが、普通に金庫を開ける事が出来るようになった。  これでもう安心と、優一は店に帰る準備を始めた。 「お金はいくらになりますか?」  事務員に聞かれて、優一は顔の前で手を振った。 「いえいえ、何もしていないのでお代はいりませんよ」  断る優一に、社長はお金を手渡した。 「これで幸ちゃんに、何か買ってあげてください」  そう言われては断る事も出来ないので、優一は礼を言って受け取った。 「ありがとうございます」  幸も優一の陰から、礼を言って頭を下げた。

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