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第一章(二十三)優秀な弟子

 一夜明けて、(みゆき)の隣にいたのは優しい目をした優一(ゆういち)だった。 「おはよう。昨日は無理をさせてしまったね」  優一はそう言って、幸に軽く口付けた。 「おはよう」  幸は昨夜の事は考えないようにして、優一に笑顔で答えた。  この日は仕事が順調に進み、最後の依頼が入ったのは十八時過ぎだった。  内容は玄関の鍵を忘れて出て、締め出されたので開けて欲しいという内容だった。  後から出た妻が鍵を閉めたようなのだが、出張で翌日まで戻らないので何とかしたいと言う事らしい。  依頼先に着くと、玄関前に客らしい男が汗だくで立ち尽くしていた。  この日は真夏日で酷く暑かったので、日が傾きかけてはいたが、待っているのはさぞかし大変だったに違いない。 「ああ、待っていましたよ」  客は優一に気付き、安堵(あんど)の笑みを浮かべた。 「お待たせしました。日下(くさか)ロックサービスです」  優一は挨拶をしてから、客と簡単なやり取りをすませた。 「災難でしたね」  優一が話しかけると、客は苦笑した。 「いやあ。お恥ずかしい」  客はそう言いながら、終始ハンカチで顔を拭いているが、シャツが透ける程の汗をかいたので、そんなものでは追いつきそうにもない。  優一はその様子を見て、車に入って貰おうとドアを開けて手で促した。 「作業の間、中で涼んでいてください」  それを聞くと、客は笑みを浮かべた。 「いいんですか? ありがとうございます。それは助かります」  優一が鍵穴の形状を確認すると、玄関はディンプルキーのようだった。  この鍵は、防犯性に優れている分、解錠が難しい。  解錠するのには時間がかかるし、客も早く家に入りたいだろうと、いちばん早いと思われる手段として、優一は鍵を破壊する事を提案してみた。  しかし、鍵が変わっていると妻が帰った時に困るので壊さないで欲しいと言われ、解錠する事になった。  そういう事なら、優一は、幸の方が適任だし、勉強にもなるので任せたかった。  しかし、幸はまだ子供なので、客の了承もなく仕事をさせる訳にはいかない。 「それなら、僕よりもこの子の方が腕がいいので、代わりにやらせても大丈夫でしょうか?」  優一が尋ねると、客は驚いたように幸を見た。 「この子が?」 「無理なら僕がやりますが」  断られるかと思ったが、客は案外すんなりと承諾した。 「ああ、構いませんよ。早く開けて貰えるなら、その方が嬉しいですし」  そして、笑顔で幸に向き直る。 「お孫さんかな? 可愛いね。名前は何て言うんだい?」 「幸、です。よろしくお願いします」  幸はそう言って頭を下げた。  作業に取り掛かると、幸は何でもない事のように簡単に鍵を開けてしまった。  恐らく、優一がやれば、この倍はかかると思われて、内心舌を巻いた。  優秀な鍵職人として仕事する幸には、優一も鼻が高かった。 「凄いね。本当に開けちゃったよ」  客は笑顔で言うと、幸の頭を撫でた。 「ありがとう、ございます」  幸が礼を言って照れたように俯くのを見て、優一は微笑ましく思った。  それから、優一は明細を取り出して客に見せる。 「今回の代金はこれになります」  すると、客は代金を払った時にお釣りはチップだと言って笑顔を見せた。 「将来有望な跡取りだね」  そう言われて、幸は耳まで真っ赤になった。

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