27 / 103

第二章(二)八つ当たり

 日下(くさか)は、(めぐみ)が水商売を始めるようになってから、いままで以上に荒れるようになった。  この日も、日下は酷く酔って帰って来ると、(みゆき)の部屋のドアを乱暴に開けた。 「こんな事になったのは全部お前の所為(せい)だ!」  そして、寝ている幸を起こしてベッドから引きずり下ろすと、床に向かって投げ飛ばした。  日下は、恵が水商売をするようになり、ほとんど顔を合わせる事がなくなったのが、不満で仕方がなかったのだ。  こうなったのは、働かずに飲み歩いている自分が悪いのだが、日下は全て優一と幸の所為だと思い込み、その鬱憤(うっぷん)を幸に叩きつけた。 「お前が全部壊したんだ!」  日下は喚き散らしながら、幸に暴行をくわえ続けた。 「ごめんなさい。ごめんなさい」  幸は痛くて怖くて、ひたすら謝り続けた。 「ジジイと一緒にお前も死ねば良かったんだ!」  日下は幸を壁に投げ飛ばすと、やっと気持ちが落ち着いたのか、寝室に行ってベッドで横になった。  幸は日下から解放されたが、痛くて怖くて、体を震わせて座り込んだまま、立ち上がる事が出来なかった。  そして、そのまま恵の帰りを待った。  この頃には、恵は日下への愛情など冷めていて、ただ行くところがないから家に帰るというだけだった。  恵は仕事で強くもない酒を飲んで、心身ともに疲れていた。 「おかえりなさい」  恵が帰って来ると、幸は床に座り込んだまま出迎えた。 「また、怒らせたの?」  恵は傷付いた幸を気遣うでもなく、冷めた目で見下ろす。  それに、幸は首を横に振った。 「分からない」  幸は、日下が優一と寝ていた事で怒っていたのは知っているが、どうしていつまでも機嫌が直らないのか分からなかった。 「幸が怒らせるから、お父さんが暴れるんでしょ?」  恵のイライラした声に、幸は不安そうな顔になる。 「お母さん?」  幸が呼びかけると、恵は声を荒らげた。 「学校にも行かずにフラフラして! おじいさんとの事だって、全部幸の所為じゃない!」  昼も夜も働いて、家に帰れば日下は酒を飲んで暴れている。  もう、恵も限界だった。 「幸もお金を稼いできなさいよ」  言った後、恵はハッとなって口を閉ざした。 「ごめん。忘れて」  そして、慌ててバスルームに消えた。  恵は仕事中に、客から児童売春の話を持ちかけられた。  客は、恵に息子がいる事を知ると、息子に売春させた方が水商売で働くより稼げると言ってきたのだ。 『あやちゃん似なら可愛いだろうし、子供は小さいほど高く売れるんだ。何なら僕が買ってもいい』 「あや」というのは恵の源氏名(げんじな)だ。  客は幸の事が気になるようで、恵に息子を売るようしきりに勧めてきた。  そして、一晩幸を買う代金としてとんでもない額を提示してきたので、恵は子供にそんな値段がつく事にとても驚いた。  もちろん、恵は断ったのだが、それを思い出して、ふと口をついて出てしまったのだ。  恵はシャワーを浴びて、何とか気持ちを落ち着かせると、まだ床に座り込んでいる幸に、疲れた笑みを向けた。 「食事した?」  聞かれて、幸は頷いた。 「お弁当食べたよ。ありがとう」 「お腹空いてない?」 「空いてない」  幸は涙を流しながら笑った。 「ごめんね」  恵は幸を抱きしめて涙を流した。  しかし、幸には、恵がどうして謝っているのか分からなかった。 「どうしたの?」  幸が心配して声をかけると、恵は幸の肩をポンと叩いて立ち上がった。 「寝ようか」  そして、二人で幸のベッドで眠った。

ともだちにシェアしよう!