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第二章(四)新しい出会い

 (みゆき)は、息の詰まるような毎日を耐えるのに必死だった。  大人しくしていれば、日下(くさか)の暴力も少しは軽くなったが、それでも怖くて悲しい事に違いはなかった。  ある日、幸は外の空気が吸いたくなって、夜中にこっそり家を抜け出した。  何となく優一(ゆういち)の店があった場所に行ってみたが、そこには建物すら残っていなかった。  それから、懐かしい場所を巡るように、今度は昔よく家族で遊んだ公園に向かった。  夜の公園は静まり返っていて、昔来た時とは様子が違っていたが、それでも何か懐かしい気がした。  幸はそのまま公園に入ると、近くのベンチに腰をおろして、額の汗をシャツで拭った。  この日は暑い季節だった上に、歩き回った所為もあって、体中に汗をかいていたのだ。  しかし、拭いた後から汗が流れて来て、いくら拭いても追いつかない。  そんな時、誰かが幸にタオルを差し出した。 「どうぞ」  声をかけられて、幸が顔を上げると、ジャージを着た優一と同じくらいの歳の男が立っていた。 「あ、ありがとう、ございます」  幸はしどろもどろになりながら、男からタオルを受け取ると、流れる汗を拭いた。 「隣、いい?」  幸はこくりと頷いた。 「こんな夜中に子供一人でいると危ないぞ」  男は心配そうに幸の顔を覗き込んだ。 「えっと……」  理由を説明しようにも、日下に虐待されている事は誰にも言うなと言われているので、幸はどうしたらいいか分からず俯いた。 「君も居場所がないのか」  幸の態度を見て、男はぽつりと呟いた。 「私も同じだよ」  男の言葉に、幸は驚いたように顔を上げた。 「君は何時までここにいるつもりかな?」  聞かれても、幸は何か考えて家を出て来た訳ではなかったので、困って黙り込んでしまった。 「出来る事なら帰りたくないよな」  男の言葉に、幸は頷いた。 「私は高木浩一(たかぎこういち)と言うんだ」  急に男――高木が名乗ったので、幸もおどおどしながら名を告げた。 「日下幸、です」 「幸ちゃんか」  高木が微笑みかけると、幸は照れたように視線を逸らした。 「ここ、暑いな」  言われて高木を見ると、顔が汗だくになっていた。 「あ、これ」  幸は慌てて借りていたタオルを返す。  高木は「ああ」とだけ言ってそれを受け取ると、顔の汗を拭いた。  そのまま、何かを喋るという訳でもなく、空が薄明るくなるまで二人で過ごした。 「私は明日もここにいるから」  高木はそう言って、幸が来た方と反対側の出口から帰って行った。  幸はこの後どうするか迷ったが、そろそろ日下が寝ている頃だろうと思い、ひとまず家に帰る事にした。  幸は音を立てないように気を付けて家に入ったのだが、ちょうどトイレに起きて来た日下と鉢合(はちあ)わせしてしまった。  日下は幸に気付くと、凄い剣幕で怒鳴りつけた。 「こんな時間まで、どこに行ってたんだ!」  そして、幸を突き飛ばす。 「どうせなら、そのままどこかへ行ってしまえば良かったんだ!」  日下が、罵りながら幸に暴力を振るう。  恵はこの時間なら幸の部屋で寝ている筈だが、日下の声にも起きて来る気配はなかった。  幸は、日下の気がおさまるまで、体を丸めて必死に耐えるしかなかった。 『夜には高木さんに会えるから…… 』  今の幸にとって、それが唯一の救いだった。

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