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第二章(九)病院にて

 高木(たかぎ)はトイレの前にたどり着くと、嫌な予感を覚えつつ、トイレの扉を開けた。  すると、そこには、全裸で泣き崩れる(みゆき)の姿があった。 「幸ちゃん!」  高木が駆け寄ると、幸は涙に潤んだ瞳で高木を見た。 「高木さん、大丈夫、ですか?」 「私は大丈夫だ。それより幸ちゃんの方が……」 「良かった」  幸は泣きながら、安心したように笑った。 「私の所為(せい)ですまなかった」  高木が涙を流しながら抱きしめると、幸は腕の中で気を失った。  幸の体はボロボロだった。  体中痣だらけで、口からはよだれとも精液ともつかないものが垂れ、後ろからも白く濁った赤い液体を流しており、さっきの連中に輪姦(りんかん)されたのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。  幸はまだ子供だと言うのに、高木の為に三人の男に犯されたのだ。  本来ならば、高木が守るべき立場の筈なのに、逆に幸に助けられた自分が、不甲斐なくてどうしようもなかった。 「幸ちゃん。ごめんよ」  そう言って高木は、涙を流しながら、幸を抱きしめた。  高木は、少し落ち着くと、幸が裸のままだと言う事に気付き、慌てて服を着させた。  それから、警察に連絡するとすぐに警官が来て、幸は病院に搬送され、高木もついでのように怪我の手当をして貰った。  簡単な治療の後、意識のあった高木は事情聴取をされる事になった。  幸をレイプしたのは高木ではないかと嫌疑をかけられたが、体内の精液を鑑定した結果、無実だと判明した。  それから、高木は警官の質問にいくつか答えた。  高木が話したのは、三人組の男が幸をトイレで犯したという事と、少年の名前が「幸」だという事の二つだった。  そして、高木から聞いた名前や、年格好、いた場所などから、警察はすぐに身元を特定した。  幸はあちこち怪我をしていたが、入院する程のものではないと判断された。  DVでついた痣も、強姦されてついたものだろうと、気にもされなかったので、そのまま保護者の元に返される事になった。  それでも、意識が戻るまではと、幸は個室で点滴を受けていた。  そして、そろそろ点滴が終わろうという頃、幸は()っすらと目を開けた。 「目が覚めた?」  ちょうど病室にいた看護師が気付き、幸に話しかける。 「ここがどこか分かる?」  幸はぼんやりと看護師の顔を見た。 「病院よ」  看護師は幸に話しかけるのを一旦やめて、意識が戻ったと連絡を取った。  しばらくすると、警官が幸のいる病室にやって来た。 「具合はどうだい」  そう言って、警官が覗き込むと、幸は慌てて顔を(そむ)ける。 「幸君が襲われた時の事を教えてくれないかな」  警官に聞かれたが、幸は男たちとの約束がある為、話す事を躊躇(ためら)った。 「嫌な事を思い出させるようで悪いけど、協力して貰えないかな?」  警官の視線が怖くて、幸は頭まで布団を被る。 「相手の顔を見なかったかい?」  それからも警官は、いくつかの質問をしたが、幸は何も答えようとしなかった。  そうこうしているうちに、別の警官に連れられて、(めぐみ)が病室に入って来た。 「幸!」  恵は幸の肩を掴むと、激しく揺すった。 「何でこんな時間に出かけてるの!?」 「お母さん、幸君は怪我をしているので」  問い詰めようとした恵を警官がやんわりと止める。  恵は何か言いたそうにしていたが、警官の制止に大人しく従った。  それから、警官は、幸がここに運ばれて来た理由を簡単に説明した。  恵は「レイプ」という言葉に、幸の内腿につけられた痕を思い出す。  しあわせだった生活が壊れ、恵が苦しい思いをしている事に、目の前にいる幸も関わっているのだ。  それに、児童売春の話は絶対にダメだと断ってはいるが、知らない男に襲われるくらいなら、金を稼せがせた方がいいのではないかと考えてしまう。  そして、恵はそんな事を考える自分に嫌悪感を抱くと同時に、幸に苛立ちを覚えた。  恵は説明を聞くうちに、どんどん険しい顔になる。  しかし、警官の前だからと思いを飲み込み、最後まで話を聞くと、幸を促して一緒に頭を下げた。  そして、タクシーで家に向かう間、恵は一言も幸と話そうとはしなかった。  恵は幸を送り届けると、そのままどこかへ行ってしまった。  幸はどうしていいのか分からなかったが、他に行く場所もなく、日下(くさか)のいる家に帰るしかなかった。  恐る恐る、玄関の扉を開けると、日下はもう寝ているらしく、横になって大きないびきをかいていた。  幸は安心したように息を吐くと、自室のベッドで横になった。  そして、幸は考える。  男たちとした行為は、優一としたものとよく似ていた。  しかし、愛しているからする行為だと優一は言っていたが、男たちとの間には一欠片の愛も感じられなかった。  表面的な傷は少なかったとは言え、幸は体も心も激しく傷ついていた。  それなのに、優しくしてくれると思っていた恵は、酷く腹を立て、幸の方を見向きもしなかった。  幸はどうする事も出来ずに、枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。

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