38 / 103

第二章(十三)見積もり

 その日、売春を持ちかけて来た客の古川悟(ふるかわさとし)が店に来て、再び(めぐみ)に、(みゆき)の顔が見てみたいと言って来た。 「ただ、見るだけだから連れて来てよ。顔を見れば大体の相場が分かるし、あやちゃんだって気になってるんでしょ? 返事はその後でいいからさ」  普通なら怪しいと思うのだろうが、この日の恵は判断能力が鈍っていた。  幸は二日連続で強姦されていたが、その分お金を貰ったら幾らになるか気になったのだ。  だから、軽率に古川の誘いに乗ってしまった。 「じゃあ、あやちゃんの仕事もあるし、日中に会うのがいいかな。迎えに行くから、場所を指定してよ」  恵はパートが休みの日に、古川と会う約束をして、幸を連れて待ち合わせの喫茶店に向かった。  何も知らない幸は、久しぶりの恵との外出が嬉しくて堪らなかった。  だから、苦手な人混みすら楽しく思えたので、何か会話をすると言う訳でもなかったが、幸は恵の隣でずっと笑っていた。  そうして、二人が店に着くと、先に来ていた古川が手を振った。 「あやちゃん。こっちこっち」  恵は古川のいる席まで行くと、向かい合わせの席に着いた。  幸は、知らない人がいる事に少し戸惑ったが、恵に(なら)って椅子に座る。 「お待たせ。連れて来ました」  恵が挨拶をすると、古川が笑顔で幸に話しかけて来た。 「やあ、可愛い子だね。はじめまして。名前は何て言うの?」  尋ねられて、幸は小さな声で挨拶をした。 「はじめまして。幸……です」 「へえ。幸君か」  古川は、幸の顔を値踏みするように見ると、立ち上がって二人を促した。 「早速だけど、行こうか」 「え? 何処に?」 「何処にって私の家だよ。値段、知りたいんでしょ?」  恵は、ただ幸の顔を見せる為に連れて来ただけで、古川の家に行くとは聞いていなかった。  だから、断ろうとも考えたが、幸の値段を知りたくもあったし、古川が優しく大人しい印象だった事もあって、深く考えずに頷いた。 「じゃあ行こうか」  古川は幸の頬に指を滑らせると、顎をとって優しく自分の方に顔を向かせた。 「本当に可愛いね」  二人が連れて来られたのは、高級なマンションの一室だった。 「適当に座ってて」  古川に言われてついて来たはいいが、よく考えたら大人の男性の家に女と子供など、何かあったら抵抗のしようもない。  恵がやっとその事に思い至ってソワソワしていると、古川が温かいコーヒーを作ってテーブルに置いた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」  恵は不安そうにしながらも、コーヒーを受け取って口をつけた。 「二人とも、怖がらなくても大丈夫だよ」  古川は優しい笑みを向けながら、幸の近くに腰を下ろす。 「ちょっと見せてね」  そして、古川は、幸の服をめくると、顔をしかめた。 「あっ」  恵は、幸の痣の事を思い出して声を上げた。 「これじゃあ、売り物にならないよ」  古川が言うのを聞いて、恵は値段がつかなかった事に安堵した。 「あ、じゃあ、もう帰りますね」  そして、恵が幸を連れて玄関に向かおうとすると、古川に引き止められた。 「待って」 「え?」  戸惑う恵に、古川が告げる。 「帰ってもいいけど、幸君は置いて行ってよ」 「でも、さっきお金にならないって……」 「売り物にはならないけど、僕が買ってあげるよ。相場より高く買ってあげるから」  しかし、恵は幸の値段を知りたくてついて来ただけで、本当に売春させようと思った訳ではない。  だから、先程も値段がつかなかった事に安堵したのだ。 「嫌です。幸に売春なんてさせられません」 「息子売れないって、じゃあ何でここに来たの?」 「だって、見るだけって……」 「最初はそのつもりだったよ? でも、家に来るって言ったら、そういう意味だって分かるよね?」 「それは……」  ハッキリしない恵の態度に、古川が苛ついて来る。 「じゃあ、代わりにあやちゃんが体を売るの?」  古川は恵の腕をとって引き寄せると、強引に口付けた。  抵抗しようとする恵を壁に押さえつけて、スカートの下に手を入れる。 「やめて!」  恵は悲鳴を上げてもがくが、古川は華奢な見た目と裏腹に、強い力で押さえ込んで来る。 「叫んでもいいよ。防音しっかりしてるから」 「助けて!」  古川は恵の下着を下ろした。 「いやあ!」  幸は最初二人のやり取りを見ていたが、恵が嫌がっているのに気付くと、慌てて古川にしがみついた。 「お母さんを離して!」  幸の制止で古川が手を離すと、恵は放心状態で、そのまま床に滑り落ちた。  しかし、古川は恵には目もくれず、幸の前にしゃがみ込む。 「何? お母さんを助けたいの?」 「はい。お母さんを離して下さい」  それを聞いて、古川は幸に問いかける。 「じゃあ、幸君が私の言う事を聞くなら、やめるけど。どうする?」  幸は恵を助けたい一心で、古川の言葉に頷いた。 「言う事、聞きます」  すると、古川は幸の肩に手を乗せ、優しく微笑んだ。 「じゃあ、私についておいで」

ともだちにシェアしよう!