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第二章(十七)家庭崩壊

 (みゆき)は一人、目を覚ますと、日下(くさか)が帰って来る前にシャワーを浴びて服を着替えた。  体はつらかったが、一晩中、輪姦(りんかん)された事もあったので、それを思えば耐えられない事はなかった。  しかし、耐えられると言っても、無理をしていた事に変わりはなかったし、散々(もてあそ)ばれて心も体も酷く傷ついていた。  幸は犯されている間は、(めぐみ)の為と頑張っていられたが、一人になると、怖くて体が震えるのを抑えられなかった。  ただ、幸は、ベッドの中で、震える体を抱きしめて涙を流した。  恵は仕事が終わると、先程の出来事を思い出して、店の裏で泣き崩れた。  ふと通りかかった馴染みの客が、恵を見つけて駆け寄る。 「あやちゃんどうしたの?」  客は驚いて恵の肩を抱き寄せた。  恵は堪えきれなくなって、客に(すが)り付くと、家庭の惨状を訴えた。  夫が働かず酒浸りな事、息子が不登校でフラフラしている事。 「もう限界なんです」  しかし、恵が本当に耐えられなかったのは、保身の為に強姦される幸を見捨てた自分自身の弱さだった。  だから、恵はもう幸に合わせる顔がなく、家に帰る事は出来ないと思っていたのだが、客に本当の事を話す勇気はなかった。  客は、恵の上辺だけの理由に同情して、提案をして来た。 「良かったら私のところにおいで。一人暮らしだし、お金に余裕はあるから。そんな家に帰らなくていいよ」 「本当に?」  それは、恵にとっては願ってもない話だった。 「ああ、つらいなら、仕事もやめて大丈夫だよ。あやちゃんを食べさせる位のお金は十分にあるから」  客に言われて、恵は様々な事を考えた。  日下から離れられるのは嬉しいが、幸を置いて行くのは忍びなく思う。  しかし、幸には合わせる顔がなかったし、精神的に参っていた恵は、全てを投げ出して新しい生活を送りたかった。  だから、恵は目の前のしあわせに縋る事にした。 「ありがとうございます」  恵は涙を流し、心から礼を言った。  しかし、それは幸に対する最大の裏切りだった。  その頃、幸は自室で再び眠りについたところだった。  しかし、やっと訪れた幸の安息は、日下の帰宅ですぐに壊された。 「誰かいるか?」  日下は酒臭い息を吐きながら、大声を出して、部屋中を見て回った。  そして、最後に幸の部屋を覗きに行くと、幸が一人ベッドの上で横になっていた。 「恵が帰って来ないのはお前の所為だ!」  日下は恵がいない事に腹を立て、ベッドで眠る幸を容赦なく引きずり下ろすと、罵りながら蹴りつけた。 「お前がジジイと寝るからおかしくなったんだ!」  家庭がおかしくなったのは自分の所為でもあるというのに、日下はいつまでも幸を逆恨みしていた。  しかし、どう考えても一番の被害者は幸で、恵が帰って来ない原因は日下、或いは根本の原因を作った優一(ゆういち)にあるのだ。 「この淫乱が!」 『やめて!』  幸は心の中で叫んだ。  この数日で三回も男たちに輪姦され、更に日下からは罵声を浴びせられて暴力を振るわれる。  幸には、日下がここまで怒る理由が、どうしても分からなかった。  昔の日下は優しくて大好きだったが、今はその頃の面影はなく、ただ怖くて仕方がなかった。  助けを請いたかったが、声を少しでも出せば、日下が更に激しく暴力を振るうのだ。 『助けて』  幸は心の中で叫んで、涙を流した。  それでも、恵はもうすぐ帰って来るからと、幸は懸命に耐えた。  幸は、恵の為に頑張ったのだから、帰って来たらきっと、自分を褒めて抱きしめてくれると信じて疑わなかった。  けれど、その日から、恵が家に帰って来る事はなかった。  大好きな祖父を亡くし、高木にも会えなくなり、母親にも捨てられた。  もう、幸の心の拠り所はなくなり、日下の暴力から助けてくれる者は、誰もいなくなったのだった。

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