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第三章(一)密売組織

 日下(くさか)は、(めぐみ)に逃げられてから数日も経たないうちに金に困るようになり、とうとう金貸しから借金をするようになった。  しかし、日下は働こうともせずに飲み歩いていたので、借りた金もあっという間になくなってしまった。  返済の期日も迫っていたが、こんな生活を送っていれば返済の目処(めど)など立つ筈もない。  そんな時、日下は、優一(ゆういち)が密売組織から声をかけられていた事を思い出した。  優一は断っていたが、その話がまだ消えずにいるのなら、日下にも働き口があるのかも知れない。  日下は今更、地道に働こうとは思えなかったので、こう言う仕事なら楽をして金をがっぽり稼げると思ったのだ。  そして、日下は密売組織の門を叩いた。 「多田(ただ)さんに取り次いでください」  日下が声をかけてからしばらく待っていると、中から目つきの悪い男が出て来た。  男の名は沢井慶太(さわいけいた)。  密売組織の構成員にして、多田の腹心の部下だ。 「誰だ?」  沢井はそう言って日下を睨んだ。 「以前、こっちで仕事をした時に、多田さんに声をかけていただいていて」  日下は腰を低くして手を擦り合わせる。  声をかけられたのは優一だったが、それは口に出さなかった。 「名前は?」 「日下と言います」  沢井は日下の話を信じてはいなかったが、多田の名前を出されたのでは聞いてみない訳にもいかない。 「聞いてみるから、ちょっと待て」  しばらくすると、沢井が戻って来た。  そして、沢井は、「入れ」とだけ言うと、日下を事務所に招き入れた。  密売組織は、ボスの多田剛(ただつよし)と構成員十人程度の小さな事務所だ。  ドアを開けるとすぐに、人数の割に狭めの詰所があり、その奥には応接室を兼ねた多田の執務室がある。  日下は沢井に案内されて執務室へ通された。  執務室に入ると、多田が奥にあるデスクについて日下の方をじっと見ていた。 「会っていただき、ありがとうございます」  日下は腰を低くして、多田の前に出た。 「誰だ?」  多田は日下の顔に覚えがなかった。  そもそも、多田の知っている「日下」はもっと年配の男だった筈だ。 「日下優一の息子で、(おさむ)といいます。以前、親父が多田さんに声をかけていただいた事がありまして、もし自分で良ければ仕事を手伝わせていただけないかと」 「お前も鍵屋か?」 「はい。ちょっとブランクはありますが、腕は親父よりも上ですよ」  組織では、ちょうど雇っている鍵職人が手を怪我して使えなくなっていたところだったので、タイミング的には都合が良かった。  多田は日下の言う事を信じた訳ではなかったが、腕を試してみるのも悪くないと思った。 「なにか手頃な奴を持って来てくれ」  しばらくすると、沢井が小型の金庫を持って来て、机の上に乗せた。  多田は金庫を指さして日下に命じる。 「試しに開けてみろ」 「はい」  日下は返事をすると、持って来た道具を取り出して、簡単に金庫を開けてみせた。 「これなら使えるか」  多田はボソリと呟いてから、日下に告げる。 「明後日、仕事がある。今から詳しい話をしよう」  その言葉に、日下は目を輝かせた。  それから、言いにくそうに口を開く。 「それで、お金は今すぐに貰えますでしょうか?」  多田は、卑屈(ひくつ)な態度の日下を(さげす)むような目で見るが、先程開けたばかりの金庫から万札を取り出した。 「これでいいか?」  日下が、報酬を受け取り枚数を確認すると、思った以上の額があった。 「ありがとうございます」  日下はにやけた顔で、多田に礼を言った。

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