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第三章(二)売春

 日下(くさか)は無事に初仕事を終えた。  しかし、元々臆病な日下は、どこからか自分の悪事がバレるのではないかと怖くなって来た。  だから、次の仕事の話が出た時、二の足を踏んだのだが、前回の報酬は既に使い込んで(ほとん)ど残っていなかったので、借金返済の為にはどうしても金が必要だった。 「どっかから金でも盗んで来いよ」  日下の無茶な要求に、(みゆき)は何と答えたらいいか分からず、黙ってしまう。  それに腹を立たて、日下は幸の脇腹を蹴り飛ばした。 「この穀潰(ごくつぶ)しめ!」  日下はそのまま、倒れ込んだ幸を何度も蹴りつけた。  その時、ドアのチャイムが鳴った。  日下は借金取りだと思い無視を決め込もうとしたが、何度目かのチャイムの後に、多田の声が聞こえた。 「おい、日下。いるんだろう!」  日下が慌ててドアを開けると、多田(ただ)沢井(さわい)を連れて立っていた。 「多田さんがどうしてここに?」  多田は日下の問いには答えず、土足でずかずかと部屋に上がり込んだ。 「次の仕事の話が出てるんだが、返事がないと思ってな。迎えに来た。まさか逃げるつもりだったんじゃないだろうな?」  今回の件は、別に多田が出る程の事ではなかったが、日下に一度じっくり立場を分からせておく必要があると思い、わざわざ出向いて来たのだった。  多田は懐からナイフを取り出すと、日下に見せつけるように(もてあそ)ぶ。 「いや、ちょっと取り込んでて、出られなかっただけで……」  日下の言い訳はあまりに子供じみていた。  多田は日下の言葉を信じた訳ではなかったが、これだけ脅せば裏切らないだろうと、この話は切り上げる事にした。 「まあいい」  そう言ってナイフをしまうと、多田は見るともなしに部屋の隅に目を向けた。  すると、そこには幼い子供が腹を抱えて倒れており、日下がその子供に暴力を振るったのは一目瞭然だった。 「このガキは何だ?」  髪で顔の大半が隠れてはいたが、それでも綺麗な顔をしているのが見て取れた。  生まれつき色素が薄いのか、薄い茶色の髪に同じ色の瞳をしている。 「私の息子です」 「息子?」  多田は日下の言葉に反応した。  幸はとても綺麗な顔をしていたので、多田はてっきり少女だと思ったのだ。  多田は幸の(そば)まで歩いて行くと、(あご)を取って顔をあげさせようとした。  幸はそれに驚いて身構える。 「怖がらなくていい」  多田は幸の前に座ると、顔にかかった髪をかきあげて、その顔をじっくりと観察した。 「お前に全く似てないな」 「そいつは女房似で……」 「なるほど。それで、その女はどこだ?」  多田はこの子供が母親似だと言うのなら、その女はさぞかし美人に違いないと思ったのだ。 「いや。それが一ヶ月ほど前に逃げられまして」 「どうせその女にも暴力を振るっていたんだろう。逃げられて当然だな」  多田は吐き捨てるように言うと、もう一度幸の顔を見る。  幸は見れば見るほど、女のような綺麗な顔をしていた。  多田は(めぐみ)がいたら抱いてやろうと思ったのだが、代わりに幸を抱いてみるのも悪くないと思った。  そこで、多田は幸の腕を取って立ち上がらせた。 「息子を借りるぞ」  多田はそう言うと、幸を連れて開け放たれていた寝室に向かう。 「え? 借りるってどういう事ですか?」  日下は理解出来ずに多田に問いかけた。 「お前の息子を抱かせろって言ってるんだよ」  多田の言葉に、日下は一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐその意味に気付くと頭の中でそろばんを弾いた。 「それなら、お金を払って貰わないと……」  日下は言ってみたはいいが、睨みつけて来る多田に怯えた。 「いや。無理ならタダでも……」 「いくらで売る?」  日下は払ってもらえないと半分諦めていたので、多田の言葉に喜色を浮かべた。 「五万……、いや三万……、いや一万でも…」  日下は多田の顔色を見ながら、金額を提示して行く。  多田は持ち合わせの現金を確認すると、財布の中身を全て日下の足元に放り投げた。 「クズだな」  多田は金をかき集める日下を汚いものでも見るような目で見た。  それから、幸に視線を戻す。 「名前は?」 「幸、です」  幸は怯えた声で多田に答えた。 「いい子だ」  多田は幸の頬に手を当てる。 「怖い事は何もない。目をつむっている間にすぐ終わる」  そして、沢井に日下を見張っておくように指示を出すと、寝室に入って扉を閉めた。

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