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第三章(三)笑顔の理由

 多田(ただ)(みゆき)をベッドに寝かせ、服を脱がせた。  すると、体には沢山(たくさん)(あざ)があり、それが白い肌に浮き立って痛々しい程だった。  多田は、日下(くさか)が暴力を振るった(あと)だと思い、吐き気を覚えた。 「クズだな」  吐き捨てるように言うと、多田はその一つに触れてみる。 「痛いか?」  触られたところは痛かったが、日下に蹴られる痛みに比べれば、幸にとって大した事ではなかった。 「大丈夫、です」  幸は(うつむ)いて答えた。  それを聞いて、多田は幸の肌に手を滑らせる。 「そうか」  そして、多田が口付けると幸は素直に応じた。 「こう言う事は初めてじゃないな」  幸の慣れた様子に、多田は不快そうに顔をしかめる。 「誰とやったんだ? 父親か?」  多田の声が低くなる。 「知らない人……」  幸は優一と、とは答えられず、言葉を濁した。 「で、どこまでしたんだ? ここには入れられたか?」  多田が苛立ちを覚えながら、後ろに乱暴に指を入れると、幸は小さく(うなず)いた。  多田は嫌悪の表情を浮かべて舌打ちをした。 「では、手加減しなくて良さそうだな」  そして、自分の服を脱ぎ捨てた。  多田は行為が終わると、幸を置いて部屋を出た。  幸は裸のままベッドに寝転んで、遠くを見るような目をして、多田の方に顔を向けていた。  多田はその様子を横目に見て、先程の情事を思い浮かべる。  幸は誰に抱かれたのか答えなかったが、仕込まれているのはすぐに分かった。  頭では否定しているようでもあったが、幸の体は抱かれる喜びを知っていた。  時折、漏れる小さな声には色気があったし、怯えながらも体を任せて大人しく従う様子は、多田の支配欲を十分に満たした。  それに何より、幸の体はとても具合が良かった。  多田は気まぐれに抱いただけだったが、幸の事をとても気に入った。 「また買いに来るからな。これからは幸に暴力を振るうんじゃないぞ。破ったら、分かってるな?」  多田に言われて日下は何度も頷いた。 「分かりました。約束します」  日下は、金になるなら暴力を振るわず、大切にした方が賢明だと考えたのだ。 「仕事の話があるから、お前はこのまま事務所に来い」 「分かりました」  日下は腰を低くして、先を行く多田に従った。  幸はベッドに寝転んだまま、そのやり取りをぼんやりと眺めていた。  もう、高木(たかぎ)には会えず、逃げ場所だった公園にも行けない。  今の幸には、日下の住むこの家以外に行くところがなかったし、ここにいれば当たり前のように虐待を受けた。  しかし、幸は多田が来た事で何かが変わるのではないかと思った。  多田は、幸を乱暴に犯しはしたが、結果として日下から守る形となった。  だから、幸は多田の事が怖くはあったが、嫌悪感は覚えなかったのだ。  そして、幸は多田が去った後の玄関を見つめ、微かに笑みを浮かべた。

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