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第三章(八)母親の味

 沢井(さわい)が部屋に入ると、(みゆき)が床の上で四つん()いになって、涙を流しながら苦しそう息をしていた。  沢井はその姿を見て、何があったのかを悟った。  しかし、多田(ただ)(もてあそ)ばれる幸を見ても、沢井は憐憫(れんびん)の情など少しも湧かない。  それどころか、涙を流している幸に欲情したくらいだ。 「立てるか?」  沢井が手を差しのべると、幸は顔を上げる。 「はい」  そして、返事をすると上体を起こした。 「手伝ってあげよう」  沢井は幸の体を抱いて立ち上がらせる。 「口をすすごうか」  そう言って、幸を脱衣所に連れて行くと、コップに水を()んで手渡した。  幸はコップを受取ると、何度も何度も口をゆすいだ。 「下は使ってないのか?」  沢井が後ろに指を入れると、幸はそれにぴくりと反応した。 「ちょっと調べただけだよ」  沢井は、そう言って幸を抱きしめる。  そのま襲いたい衝動にかられるが、沢井は性欲が抑えきれすに幸の体をまさぐった。 「この事はボスには言ったらダメだよ」  沢井は耳元で(ささや)きながら、指をくるくると回す。  幸は体を触られるのには慣れていたし、何より沢井は優しかったので、その言葉に素直に(うなず)いた。 「いい子だ。今日もお風呂から出たら食事にしようね」  沢井は風呂から出ると、いつものように幸を膝に乗せる。  幸も慣れて来て、沢井が膝を叩くだけで乗って来るようになった。  幸の食事は今晩も和食で、沢井は子供らしくないと不思議に思い、なんともなしに聞いてみた。 「なんでいつも和食なんだい?」  沢井の問いかけに、幸は不思議そうに首を(かし)げる。 「和食?」 「そうそう。幸がいつも頼むような料理」  それに、幸は少し考えてから口を開いた。 「お母さんが、よく作ってくれたから」 「へえ」  沢井は相槌(あいづち)を打って、軽く聞き流そうかとも思ったが、続きを聞いてみる事にした。 「幸のお母さんってどんな人だったんだい?」  すると、幸は日下(くさか)の方を気にしながら、小さな声で告げた。 「優しかった」 「そうか」  沢井は、見捨てられても、まだ母親を優しいという幸を愚かだと思った。  しかし、それは口に出さず、代わりに「また、会えるといいな」と言って、幸を後ろから抱きしめた。 「ありがとうございます」  幸は礼を述べると、沢井に体を預ける。  沢井にとってはなんでもない一言でも、幸にとっては嬉しい言葉だったのだ。 「いい子だ」  沢井が幸を抱きしめたまま耳元で囁くと、幸は笑顔で振り向いた。  しかし、沢井は幸の笑顔の理由など知らず、無邪気な態度に、ただ性欲を刺激される。  沢井は、幸の事を色々と考えていると、自分でも気付かないうちに、顔が険しくなっていたらしい。  それを見た幸は、沢井が機嫌を悪くしたのかと不安になる。 「沢井さん?」  幸は沢井の名を呼んで、心配そうに顔を見上げる。  沢井は、初めて幸に名を呼ばれて驚いた。 「どうした?」  聞き返しながらも、幸の無邪気な様子に沢井の性欲が刺激される。  沢井がどうにかして性欲を鎮めなければと思っていたところで、玄関のチャイムが鳴った。 「日下、出ろ」  沢井は、日下に命令しながら、幸を膝から下ろす。 「一緒に食べようか」  そう言って沢井が微笑むと、幸は笑顔で頷いた。  日下は食事を受け取り沢井に渡すと、卑屈な笑みを浮かべて手を擦り合わせる。 「私の分は……」  昨夜から外に出る事も出来ず、日下は(ほとん)ど食事を摂っていなかった。  けれど、そんな事は沢井の知った事ではない。 「自分の食いもんくらい自分で用意しろ!」 「じゃあ、外に買いに……」  日下が言いかけると、沢井は勢いよくテーブルを叩いた。 「自分の立場が分かってるのか!」  その音に幸が驚いて椅子から転げ落ちそうになる。 「ごめんよ」  沢井は慌てて幸を助けると、日下を睨みつけた。 「自分で出前でも頼めよ」  沢井はそう言って、テーブルに置かれた日下の端末を投げつけた。 「ひっ!」  日下は怯えながらも自分の端末を拾い、操作し始めた。  沢井は興味なさそうに日下から視線を外すと、幸に向き直る。 「日下の所為(せい)でもう冷めたかもな」  そう言ってから、幸が取り落としていた箸を手渡した。 「食べようか」 「はい」  幸が返事をすると、二人で晩飯を食べ始めた。

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