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第三章(十二)騙す側と騙される側

 多田(ただ)は、用が済むと部屋の鍵を開けた。 「沢井(さわい)、来い」  そして、扉を半開きにして、沢井を中に招き入れる。 「連れて帰って介抱してやれ」  言われて沢井が目をやると、(みゆき)がぐったりとソファに横たわっていた。  これには、流石の沢井も顔を(しか)める。  沢井は幸を騙してはいるが、ここまで無理をさせる事はない。  色々と考えて、沢井がしばらく返事が出来ないでいると、多田が不機嫌そうな声で告げる。 「聞こえなかったのか?」 「いえ。分かりました」  沢井は慌てて姿勢を正し、返事をした。 「ふうん」  多田はその様子を見てから、探るように告げる。 「幸には手を出すなよ」  沢井は、多田に見透かされているようで、その言葉にドキリとした。 「そんな事は考えてもいませんよ」  しかし、沢井は多田に気付かれているとは知らず、素知らぬ振りで答えた。 「それより、幸をどうしましょうか?」  そして、沢井は軽く話を逸らす。  沢井の態度に、多田は苛立ちを覚えた。  しかし、多田は何も知らない振りをして、幸に視線を向けると、合図をするように沢井を見た。 「背広は貸してやる。そのまま抱いて行け」 「分かりました」  多田は沢井を試すように、幸に手を出せと言わんばかりの態度を取って来る。  沢井は多田の真意を図りかねたが、困惑しつつも命令に従うより他なかった。  沢井は、途中で日下の部屋に寄り、適当に幸の荷物をまとめると、自分の住む部屋に帰って来た。  沢井が住んでいるのは、築年数がかなり経っている古びたアパートの一室だ。  間取りは、小さくまとまっていて、廊下に面したキッチンとバスルームにトイレがあり、その奥には狭い和室があって、そこにベッドとちゃぶ台が置かれていた。  沢井はこの部屋に、多田に拾われる前からいるので、もう随分長い間住んでいる計算になる。  別に沢井には、小綺麗なマンションの部屋を借りるくらいの金はあるのだが、寝に帰るだけの場所に金をかける気にはなれなかった。  それになにより、引越しが面倒だったという事もあり、今も変わらず、このアパートで暮らしているのだった。    沢井は部屋に入ると、まっすぐ奥の和室に行き、幸をベッドに寝かせた。  幸は相当疲れていたのだろう。  一体、多田に何度犯されたのか、全く起きる気配がなかった。  沢井も幸の事をただの道具としか思ってはいないが、流石に多田のような酷い事は出来ない。  包んでいた背広を脱がせて、沢井は幸の体を見る。  後ろはボロボロになり、所有の証と言わんばかりに、数箇所にキスマークがつけられていた。  沢井はタオルを濡らすと、幸の体を優しく拭く。  そして、切れた後ろに手をかけた時、幸はピクリと反応してゆっくりと目を開けた。 「気が付いたか?」  声をかけられると、幸はぼんやりとした目をしたまま、戸惑いがちに沢井の方に手を伸ばす。 「沢井さん?」  沢井はその手を取ると、幸の顔を覗き込んだ。 「そうだ。気が付いたか?」 「良かった」  幸はそう言って、安心したように微笑んだ。  沢井は少しだけ心が傷んだが、それは一時の感情に過ぎない。  多田に食い物にされる幸に同情しないでもないが、幸は沢井にとっても都合のいい道具なのだ。 「起きられるか?」  沢井が尋ねると、幸は小さく(うなず)き、つらそうにしながらも体を起こした。  多田が執務室にこもっていた間、幸はずっと犯され続けていたのだろう。  沢井は時計を見ていた訳ではないが、結構な時間が経っていたように思う。  それに、幸はどう考えても中学に上がっているようには見えなかったし、激しい行為に堪えるだけの体力があるとも思えなかった。  多田もそれは理解している筈だから、役に立つ道具を壊してはいけない事も分かっている筈だ。  確かに、多田は性欲は強いが、ちゃんと理性はある。  しかし、幸の体は魅力的で、健気な態度は支配欲を刺激する。  それが、多田を狂わせるのだろうと、沢井は思った。  幸はベッドの端に腰掛ける事は出来たが、それすらもきつそうで、体がふわふわと揺れていた。  沢井は幸の体をそっと抱きしめる。 「水でも飲むか?」  幸は沢井の腕の中で頷いた。 「ちょっと待っててくれよ」  沢井は立ち上がると、流しに水を()みに行った。  そして、戻って来ると幸にマグカップを渡す。 「ありがとうございます」  幸はマグカップに口をつけ、少しずつ水を飲む。 「つらかったな」  沢井は隣に座って背中を()でた。  しかし、幸はそれにかぶりを振る。 「でも、お父さんから守ってくれるから」  だから、なんでもないのだと幸は言う。  多田が守っているように見えるのは、たまたま都合が良かったと言うだけで、別に幸の為と言う訳ではない。  それなのに、幸は利用されている事に気付かないばかりか、多田に感謝すらしている。  沢井は幸の事を愚かだと思うと同時に、その健気な態度を堪らなく愛しいと思った。  しかし、それは大切にしたいという気持ちではなく、その体を支配したいと思わせる類のものだ。 「幸、いいか?」  沢井は幸の耳元で(ささや)く。 「はい」  幸はそう答えたが、恐らく沢井がどういう意味で言ったのかは分かっていないのだろう。 「大好きだよ、幸」  沢井は幸の手からカップを取り上げると、ちゃぶ台の上に置いた。 「優しくするから、少し我慢してくれ」  沢井も幸の状態が、優しくするとかそういうレベルではない事は知っていたが、幸を犯したいという欲求を抑える事が出来なかった。  それに、例え壊れたとしても多田の所為(せい)にすればいいだけの事で、やめる理由など何処にもない。  そこまで考えて、沢井は幸に口付けた。 「愛してるよ」  その言葉が嘘とも知らずに、幸は沢井に抱きつく。  沢井は、そんな言葉に簡単に騙される幸を心の中で嘲笑(あざわら)った。

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