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第三章(十四)仕事を終えて

 沢井(さわい)の部屋に帰る道すがら、(みゆき)は助手席でうとうとと船を漕いでいた。  初めての仕事で緊張して疲れただろうに、その後に多田(ただ)に抱かれたのだから無理もない。  周りの思いに応えようと懸命に頑張る幸はとても愛おしかった。  そうこうしているうちに、幸は本当に寝たようだ。  沢井は信号待ちの間に、幸に優しく口付ける。  しかし、こんなにも幸を可愛く思うのに、沢井の心は不思議なくらい揺れなかった。  愛おしいと言う気持ちは嘘ではないが、それで湧いて来るのは幸への性欲だけだ。 「着いたよ」  沢井は駐車場に車を止めると、幸の体を優しく揺らした。  幸はぼんやりと目を開けて辺りを見回す。 「沢井さん」  幸は沢井を見つけると、名前を呼んで微笑んだ。 「部屋に着いたから降りようか」  そう言って、沢井はシートベルトを外すと、幸に優しく口付けた。 「疲れただろう。風呂に入ってゆっくりするといい」  幸はすぐにでもベッドに飛び込みたかったが、素直に沢井の言う事を聞いて風呂場に向かう。 「つらいなら、体を洗うのを手伝おうか?」 「はい。お願いします」  (よこしま)な気持ちで言った沢井の言葉に、幸は素直に(うなず)いた。 「じゃあ一緒に入るか」  沢井は自分の服を脱いでから、幸が服を脱ぐのを手伝った。  そして、湯船に入ると、幸を膝の上に乗せて、ゆっくりと湯をかき混ぜる。 「気持ちいいか?」 「はい」  幸は返事をしながら、とろんとした目で沢井を見る。  その表情はあまりにも色っぽくて沢井の性欲を刺激した。 「幸」  沢井は幸を抱きしめて首筋に顔を埋める。 「体を洗おうか」 「はい」  沢井は幸を抱えるようにして湯船から出ると、幸の体を石鹸の泡だらけにした。  そして、幸に前傾姿勢を取らせて、滑る指を後ろに入れる。 「んっ」  沢井は少しかき混ぜてから、幸の中に入っていった。 「幸」  耳元で(ささや)きながら、沢井はゆっくりと腰を動かす。 「可愛いね」  幸の口から色っぽい吐息が()れる。 「堪らないな」  沢井はそれに刺激されて、幸の体を抱えながら腰を動かす。 「沢井さん」  そして、沢井は、幸に名前を呼ばれると同時に果てた。  沢井は風呂場での情事を楽しむと、バスタオルで頭を拭きながらベッドに座った。  そして、端末を取り出すと、横にいる幸に見えるように和食のページを開く。 「何が食べたい?」  聞かれて、幸は画面を指さす。 「これが、食べたいです」  そう言って、幸は沢井の顔を見た。 「これだな」 「はい」  沢井は幸に確かめると、二人分の注文を確定した。  程なくして宅配が届くと、ちゃぶ台に置いた食事を二人でつつき始める。  食事をしながら、沢井はふと気になった事を聞いてみた。 「学校はどうしてたんだい? ええと、小学校かな?」  少なくともここに来てからは、学校になど行ってはいないし、日下(くさか)と暮らしていた頃も通っていたようには思えなかった。 「行ってません」  そう言って、幸は決まり悪そうに俯くと、手元の筑前煮(ちくぜんに)をつつく。  その様子を見て、沢井は、やはり日下が行かせなかったのだろうと考え、確認のように聞いてみる。 「お父さんが行かせなかったのかい?」  それに、幸は大きくかぶりを振ると、言いにくそうに口を開く。 「行きたく、なくて」  幸は、今まで恵に散々怒られて来たのだから、沢井にも嫌われるのではないかと不安に思ったが、何故か嘘を吐く事が出来なかった。  しかし、沢井は怒るでもなく、幸に優しく言葉を返す。 「そうか。行きたくないのか」 「はい」  沢井は迂闊な質問をしたと後悔したが、幸の返答に安堵した。  組織にしてみれば、学校に行きたいと言い出されると面倒なのだ。 「まあ、行きたくないならそれでいいんだ」  その言葉に、幸は驚いたように沢井を見た。  沢井は自分の都合だけで言った言葉だったが、幸はその意図になど、全く気付く筈もない。  今まで、幸を責めなかったのは優一だけだったが、沢井も自分を認めてくれたのだと思い、嬉しくなったのだ。 「どうした?」  沢井はそうとは知らず、いつまでも自分を見つめたままでいる幸を不思議に思い声をかける。 「ありがとうございます」  幸は質問には答えず、沢井にただ礼を言うと、綺麗な顔で微笑んだ。 「ご馳走様でした」  幸は箸を置くと手を合わせた。 「はい。ご馳走様」  沢井はそんな習慣などなかったが、幸に(なら)って手を合わせる。  そして、沢井が二人分の弁当ガラを捨ててベッドに戻って来ると、幸が座ったまま船を漕いでいた。 「寝るか?」  沢井が尋ねると、幸はぼんやりとした声で答える。 「はい」  沢井はそれを聞いて、幸をベッドに寝かせると、優しく髪を()でる。 「頑張ったな」  沢井が労いの言葉をかけると、幸は嬉しそうに笑う。 「ありがとうございます」  幸は利用されているとも知らず、数ヶ月前に会ったばかりの沢井に心を開いて懐いている。  沢井はそんな幸を愚かだと思うと同時に、可愛いとも思う。  幸の笑みにつられて沢井の顔も綻んだ。  その笑顔のまま、沢井は幸に、休む前の挨拶をする。 「おやすみ」 「おやすみなさい」  それから、沢井は手元のリモコンで部屋の明かりを消し、幸を優しく抱きしめた。

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