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第三章(十六)思い出

 その日、多田(ただ)結城(ゆうき)に用事があるからと、(みゆき)を抱かずに帰らせた。  沢井(さわい)は珍しい事もあるものだと思いながらも、多田の考えが変わらぬうちにと、素早く支度をすませて幸を連れてアパートに帰った。  すると、幸が部屋に入ろうとした所で、何故かドアの前で立ち尽くす。 「どうした?」  沢井が聞くと、幸が「201」と書かれたプレートを指差して、悲しそうな顔で振り向く。 「僕のうちと同じ番号なので」  沢井は覚えてはいないが、言われてみれば日下(くさか)の部屋の番号と同じだった気もする。 「急にどうしたんだい? いつも見てるだろう?」  言われて幸は考える。 「多分、初めてだと思います」  それを聞いて、沢井も思い至り「ああ」と声を出す。  幸はいつも気を失ったような状態で運ばれて来る事が多かったので、ちゃんと見た事がなかったのだ。 「これからも自分のうちみたいに暮らしていいからな」 「ありがとうございます」  幸は笑顔で答えるが、当の沢井はその場しのぎの台詞を言ったに過ぎない。 「入ろうか」  沢井は、幸の言葉を適当に聞き流すと、鍵を取りだして玄関のドアを開けた。  沢井は部屋に入ると、荷物をその辺に投げてから幸の方を振り向く。 「今日はゆっくり出来るな」 「はい」  幸は、沢井の言葉に笑顔で答えた。 「シャワーでも浴びるか」  そう言って沢井が服を脱ぐと、幸も支度を始める。  沢井は風呂場で必ず幸を抱くのだが、それでも嬉しそうについて来るのが可愛かった。  そして、沢井はいつものように風呂で幸の体を洗いながら、石鹸をつけた指を中に入れる。  幸は嫌がりながらも、それを受け入れてピクリと反応する。  沢井は入り口をしっかり(ほぐ)した後、ゆっくりと幸の中に体を入れた。 「んっ」  微かに幸の声が()れる。  幸はその行為を嫌がりながらも、体が反応するのを止められなかった。 「我慢しなくていいんだよ」  沢井が耳元で(ささや)くと、幸は小さな声を上げる。 「ああっ」 「気持ちいいかい?」 「気持ちい……」  幸は答えながらも、頭がおかしくなりそうになるのを必死で耐えていた。  多田の時も沢井の時も、幸は体では感じているのだが、頭ではそれを受け入れる事を拒否していた。  それでも、幸は声が出るのを止められない。 「ああっ」 「ほら。もっと可愛い声を聞かせて」  沢井が、一箇所を執拗に攻める。 「あああっ」  大きくなっていく幸の声を聞きながら、沢井はいった。  風呂から上がると、いつものように夕飯を頼んだ。  もう夕方ではあったが、今日はいつもより早い時間に食べる事が出来る。  沢井は夕飯を食べながら、いつも疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。 「幸は、こういう事は誰に教えて貰ったんだい? お父さん?」 「こういう?」  幸は突然言われてなんの事か分からず、不思議そうに沢井を見る。  恐らく幸は、セックスと言ったところで分からないだろうと思い、沢井は少し考える。 「ええと、俺と風呂場やベッドでしているような事だよ」 「あっ」  そう言われて、幸はやっと理解したが、優一との約束を思い出し、なんと答えたらいいか少し迷った。 「誰にも言わないから、教えてくれないかい?」  約束をしていると言っても、優一はもういない。  それに、沢井の事は信頼しているので、言ってもいいのではないかとも思うのだが、幸はなかなか決心がつかないでいた。 「酷い事をされたから、言いたくないのかい?」  幸はその言葉に、ハッとして顔を上げた。 「酷い事はされてないです。優しかったんです!」  そして、強い調子で沢井の問いに答えた。  沢井は、幸の反応に驚いた。  しかし、幸は初めから(しつ)けられていたし、幼い幸をここまで仕込んだのなら、無理強いさせていたのではないかと沢井は思う。 「初めての時、嫌じゃなかったのかい?」 「それは……」  幸は優一との事を思い出して言い淀む。  確かに、嫌な事をされはしたが、それでも、幸は優一を信じていた。 「その人の事が好きだったのかい?」  だから、幸は沢井に聞かれて頷く。 「幸の事が知りたいんだ。相手が誰か教えてくれないか?」  沢井は幸に優しく慎重に語りかけるが、それは単なる好奇心で、それ以上でも以下でもない。 「幸?」  幸は、沢井に言うべきか悩んだ末に、ようやく重い口を開いた。 「おじいさん」  幸が言うのを聞いて、沢井は心の中で舌打ちをした。  沢井には優一が日下以上のクズにしか思えなかったが、幸にそれを言えば、また強く否定するのだろう。  それならと、沢井はそれを表には出さず、優しい顔で幸に語りかける。 「幸はおじいさんが大好きなんだね」  その言葉に、幸は笑顔で頷いた。  沢井は幸の事を愚かだと思っていたが、騙されていると気付かず、祖父を慕う姿は哀れとしか言いようがなかった。  これなら、多田や沢井にも簡単に騙される筈である。  食事が終わると、沢井は幸の体を触る。  そして、幸が優一に騙された時のように愛を囁く。 「幸、愛してるよ」  沢井がゆっくりとベッドに寝かせると、幸は嬉しそうに笑った。 「僕も沢井さんの事が大好きです」  体の下で照れたように答える幸は、堪らなく愛おしかった。 「可愛いね」  沢井は幸のシャツをめくり、ズボンを脱がす。 「最高だよ」  そして、幸に深く口付ける。 「んっ」  幸はそれに素直に応じると、口の端から息を漏らした。 「幸……」  沢井は口付けを終えると、幸の体に舌を()わせる。  幸は両腕で顔を隠しながら、それを受け入れた。 「もう我慢出来ない」  沢井は風呂場で解した後ろに、ローションをつけてもう一度指を入れる。 「あっ」  すると、幸が微かな声を漏らした。 「いくよ」  沢井が声をかけると、幸は下唇を噛む。 「大丈夫。気持ち良くなるから」  そう言って、沢井は幸の中に体を入れた。 「愛してるよ」  沢井が告げると、幸は背中に腕を回す。  多田が躾けた分もあるあるだろうが、祖父に仕込まれた分も大きいのだろうと沢井は思った。  幸は行為の間、沢井の望むように動き、淫らな姿を見せる。 「あああっ」  色気のある喘ぎ声に興奮し、沢井は幸の中でいった。  沢井は幸を抱きしめ、耳元に囁く。 「可愛いね。大好きだよ」  それは、ただ幸を懐かせる為だけの心にもない言葉だった。 「僕も好きです」  けれど、幸はそうとは気付かず、無邪気に答えて沢井の胸に顔を埋めた。  行為が終わった後の幸は、何も知らない子供のように、ただ沢井に甘えるのである。  沢井はその姿に興奮し、もう一度幸を抱いた。  

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