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第三章(十八)大好きなひと
「失礼します」
沢井 が多田 に呼ばれて執務室に入ると、幸 がぐったりと床に倒れ込んでいた。
動かないところを見ると、また多田にいじめ抜かれて意識を失っているのだろうと、沢井は僅かに眉を顰 めた。
多田は、そんな沢井の様子を見ると、鼻で笑うように名前を呼ぶ。
「沢井」
沢井は、多田呼ばれると、幸に向けていた視線を逸 らす。
「はい」
そして、沢井が応えると、多田は幸をチラリと見て告げた。
「連れて行け」
「分かりました」
そう言って一礼すると、沢井は幸を連れ帰ろうと近付く。
すると、多田は、沢井が目の前を通る時に、耳元で囁 やく。
「幸の肌は気持ちいいか?」
多田の言葉に、沢井は慌てた。
ここに来て沢井は、自分の行動が多田バレていると気付いたのだ。
どう返答するべきか反応に困るが、だからと言って認める訳にもいかない。
「触るのは、風呂に入れる時くらいですよ」
答えながら、沢井は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
沢井は多田の腹心とみなされているが、機嫌を損ねないように立ち振舞っているだけで、忠誠心など微塵もなかった。
むしろ、沢井はいつその地位に取って変わろうかとしか考えていなかったので、幸の世話を任された時も、多田へのささやかな意趣返 しになると喜んだくらいだ。
しかし、上手くやれていると思っていたのは沢井だけで、多田はその様子を見て楽しんでいただけだったらしい。
多田は独占欲の強い男で、普通なら幸に手を出した相手を許しはしないだろう。
沢井は、それを不思議にも思うが、多田が自分に何もして来ない理由に心当たりもある。
それは、沢井が幸とは違う意味で、多田のお気に入りだからだ。
沢井がそんな事を考えながら車で走っていると、いつの間にかアパートについていた。
車を降りると、沢井は幸を抱えて部屋に帰りベッドに寝かせる。
いくら情がないと言っても、流石に何度も気を失うまで犯される幸を見るのは、沢井にしても気持ちのいいものではない。
「大変だったな」
沢井はタオルを固く絞り、幸の体を優しく拭いた。
多田は理知的な男だが、時々何かの弾みにスイッチが入ると、周りがいくら止めても治まらない事がある。
最近では、その矛先が全て幸に向いているようだった。
そして、その度に多田は、幸をボロボロになるまで犯すのだ。
それは、沢井が幸を抱いている事とも関係があるのだろう。
しかし、幸は鍵屋としての利用価値もあるというのに、多田が何故そこまで無理をさせるのか、沢井には全く理解出来なかった。
「んっ」
沢井が体を拭いていると幸が小さく声を漏 らした。
「幸?」
沢井が耳元で呼んでみたが反応はない。
幸は恐らく夢でも見ているのだろうと、沢井は思った。
そして、沢井は幸の体を拭き終えると、パジャマを着させてもう一度ベッドに寝かせてから、その寝顔をじっと見る。
幸は見れば見る程、綺麗な顔をしていた。
「幸」
沢井は名を呼んで幸に口付ける。
「んっ」
すると、幸の口の端から、微かな吐息が漏れた。
沢井が口を離すと幸が薄らと目を開く。
「幸?」
「沢井さん」
幸は目を細めて微かに笑った。
「今日は何があったんだ?」
沢井はそっと幸の頬を撫 でる。
「何も……」
幸はそう言って目を俯 せた。
「気を失うような事をされて、何もない事はないだろう?」
幸は自分の頬を撫でる沢井の手を取る。
「多田さんは良い人だから。そこまで怒らせたのなら僕が悪いんです」
「良い人?」
沢井は驚いて聞き返す。
まさか、ここまでボロボロにされた幸の口から、そんな言葉が出るとは思ってもみなかったのだ。
しかし、幸は続けて答える。
「お父さんから助けてくれて、僕に鍵屋の仕事をさせてくれてるんです。だから、良い人なんです」
多田にどんなに利用されても気付かず、感謝すらしている幸は、沢井にとっては滑稽 でしかない。
沢井は、自分がどれだけ幸を騙せているのか知りたくなった。
「俺の事はどう思う?」
それに、幸は迷いなく答える。
「世界で一番大好きな人です」
そして、幸は沢井の顔を見て笑った。
幸にとって沢井は、自分に良くしてくれて、話を聞いてくれる大切な存在なのだ。
しかし、沢井にとって、幸はただ都合のいい存在でしかない。
いつものように、沢井は幸の欲しい言葉を囁 く。
「俺も愛してるよ」
「僕も……愛してます」
沢井はその言葉を受けて、幸に深く口付ける。
「幸……」
そして、唇を離すと、首筋に顔を埋め、荒い息を吐きながら幸に確かめる。
「抱いていいか?」
しかし、幸が拒む事など有り得ないし、答えは最初から分かっている。
沢井は、幸のズボンを脱がせると、多田に散々いじめ抜かれたところに挿入した。
「ああっ」
答えようとした声は、微かな喘ぎ声に変わる。
「可愛いな」
沢井がそう言って深く口付けると、幸はその背にきつく縋り着いた。
確かに、沢井も幸の仕草などを可愛くは思うが、結局のところ利用するだけ利用して、骨の髄 までしゃぶりつくそう思っているだけだ。
そして、恐らく多田も同じ気持ちなのだろう。
愚かなのが悪いのだと、沢井は込み上げて来る罪悪感を心の奥底に封じ込めた。
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