61 / 103
第三章(十九)嫉妬
あの日以降、結城 は頻繁に事務所を訪れるようになった。
そして、来る度に、幸 に電子ロックの開け方や警備システムの解除方法等を教えた。
その代わりに、幸も結城にアナログの鍵開けを教える。
どちらも、先生であり生徒だった。
その日も、結城は事務所の机に幸と並んで座って、丁寧に教えていた。
「幸ちゃんは飲み込み早いなあ」
結城は片手を乗せて、幸の頭をくしゃくしゃにする。
すると、幸は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「この調子だと、僕の仕事がなくなっちゃうよ」
結城は、そう言って苦笑する。
しかし、まだまだ幸は初歩的な事しか出来ず、別にすぐにどうと言う事はないので、これは結城の軽い冗談だ。
「じゃあ、幸ちゃんはさっき教えた事を練習しといてね。僕もこっちで練習するから」
「はい」
その返事を聞くと、結城は幸の道具を借りてシリンダー錠 に挑みはじめた。
結城は頭はいいが、手先はあまり器用ではなかったようで、幸に教えられても中々思うようにいかない。
しかし、結城は生来の負けず嫌いの為、出来ないとなるとかえってムキになって挑戦した。
「なんで幸ちゃんはこんなの出来るの?」
しかし、小一時間ほど挑戦してから、お手上げとばかりに伸びをした。
「ずっとやってるので」
幸は答えに困ったが、そう言うしかなかった。
そもそも、幸は鍵を開けるのに苦労した事がなかったのだから、何故、結城が開けられないのかが分からない。
それに、鍵開けは手先の技術なので、やり方を教えたところで出来ないのならばどうしようもなかった。
「コツとかないの?」
「コツ?」
聞かれても、幸にはどう説明すればいいのか分からない。
どうやら、幸は結城と違い、先生には向いていないようだった。
「じゃあさ、手取り足取り教えてよ」
結城は邪 な気持ちで告げると、幸の顔を見てニヤリと笑った。
「分かりました」
しかし、幸は素直に答えて、結城の手に自分の手を添える。
結城は分かっていたとは言え、幸の手の小ささや柔らかさを実感して、鍵開けに全く集中出来ない。
「開きましたよ?」
心ここにあらずと言った様子の結城を幸は不思議そうに見た。
「あ、ああ。分からなかったからもう一回いい?」
「はい」
幸はそう言うと、もう一度手を添えてゆっくりと動かす。
それを見て、沢井 が眉を顰 めた。
「結城、いい加減にしろよ」
「なに? 沢井さん横恋慕?」
「巫山戯 るな! それはお前の方だろ!」
別に沢井が注意したのは、嫉妬とかそう言った類のものではない。
ただ、結城が幸にちょっかいを出していると、多田 の機嫌が悪くなると言うだけの話だ。
結城がそれで怒られるのは一向に構わないのだが、多田が腹を立てると、また幸がとばっちりを受ける。
幸に同情する訳ではないが、介抱するのは沢井だし、あまり見ていて気持ちのいいものではなかった。
沢井がそんな事を考えていると、急に事務所の扉が開き、多田が構成員を連れて帰って来た。
「ボス、お帰りなさい」
「ああ」
多田は沢井を見ると、軽く片手を挙げて応える。
いつもは、多田の付き添いは沢井の仕事なのだが、最近では別の構成員が付き添うようになっていた。
沢井は多田の事を尊敬している訳ではないが、そのポジションは自分の物だと思っている。
だから、嫉妬と言うなら、沢井は多田の横にいる構成員の方に感じていたかも知れない。
「多田さん、お帰りなさい」
「ああ」
多田は幸の挨拶に軽く応えると、その隣にいる結城を見た。
確かに、教えるように頼んだのは多田だが、結城の幸に対する態度は正直不愉快だった。
「結城か」
多田が低い声で名を呼ぶと、結城は肩を|竦《すく》めてみせた。
「まだ手は出してないよ」
しかし、多田は結城の軽口を無視して、幸の傍まで歩いて行く。
「どうだ? 上手くいってるか?」
「幸ちゃんは才能あると思うよ」
多田は、お前には聞いていないとばかりに結城を睨 む。
「おっかないなあ」
結城は舌を出すと、自分の商売道具をナップサックにしまった。
「邪魔者は帰るとしますか。じゃあ、幸ちゃんまたね」
「ありがとうございました」
幸は結城に頭を下げた。
多田はその様子を見て眉を顰める。
「幸」
「はい」
多田は、幸が返事をすると、その肩を抱いた。
「向こうに行こうか」
「はい」
幸は少し不安そうな顔で答えると、チラリと沢井を見る。
しかし、沢井は幸から視線を逸 すと、結城の後を追うように入口を見た。
「ふん」
それを見て、多田は何かを悟ったように鼻で笑った。
ともだちにシェアしよう!