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第三章(二十二)大きな仕事

 今回の仕事は少し面倒で、警備の厳重な金持ちの邸宅に侵入するというものだ。  いつもは、わざわざ面倒な仕事はしないのだが、請ける事にした理由は二つある。  一つ目は、得意先からのたっての頼みと言う事もあり、無碍(むげ)に出来なかったから。  そして二つ目、これが引受けた一番の理由なのだが、(みゆき)結城(ゆうき)がいれば上手くいくと、多田(ただ)が二人の腕を信頼していたからだ。  何回も綿密な打ち合わせを重ねて、仕事の日が訪れた。  幸の仕事は金庫のダイヤル(じょう)の解錠で、事務所にいる結城の仕事は、警備システムへの侵入と金庫室に続く扉の電子ロックの解除だ。  事務所には、既に働いている構成員もいるが、幸を含む実行部隊が現地に到着するまでには時間がある。  結城は自分の出番はまだ来ないと、のんびりとしていた。  多田も事務所にいるにはいるが、辺りの様子を見るだけで、手持ち無沙汰にしている。  そこで、結城は暇を紛らわせる為に、多田に話しかけてみる事にした。 「ねえ、多田さん。ちょっと聞いてもいい?」  多田は結城の言う事が大抵、(ろく)でもない事だと知ってはいたが、暇つぶしに聞いてみる事にした。 「なんだ?」  多田が声をかけると、案の定と言うべきか、結城はどうでもいい質問をして来る。 「幸ちゃんって学校は行ってるの?」 「いきなりどうした?」  面倒臭そうに多田が言うのを聞いて、結城は頭の後ろで腕を組んだ。 「いやね。幸ちゃんって、読み書きあんまり出来ないみたいだから、どうしてなのかなって思って」  多田は、結城の質問の意図が分からず聞き返す。 「行ってないが。何か問題でもあるのか?」 「いや、勿体(もったい)ないないなと思って」 「勿体ない?」 「あの子、普通に頭いいし、勉強とか好きそうだなと思ったんだ。行かせてあげないの?」  結城は電子ロックの解除などを教えているので、幸の様子はなんとなく分かっている。  だから、なんとはなしに聞いてみたのだが、多田は全く興味がないらしい。 「行かせると思うか?」  多田が質問で返すと、結城はため息をついて答える。 「思わない」 「なら、それでいいだろう」  それを聞くと、結城は腕を解き、天井に向けて大きく伸びをした。 「まあ、僕には関係ない事だけどね」  そうやって、二人でたわいない話をしていると、実行部隊が現場付近に到着したと知らせが入った。  それを受けて、多田が結城の名を呼ぶ。 「結城!」 「分かってるって」  結城は机に向き直ると、置いてある端末に意識を集中した。  しかし、結城にとっては朝飯前の仕事で、すぐに終わって暇になる。  すると、また結城が多田に声をかけた。 「幸ちゃんってどう言う経緯でここに来たの?」  それに、多田はうんざりしたように答える。 「どうでも、いいだろう」 「まあ、そうだけど……。誘拐? とかじゃないよね?」  結城の無遠慮な言葉に、多田は眉を(ひそ)める。 「そんな訳がないだろう」 「じゃあ、何処で見つけて来たのさ」 「知り合いの子供を預かっているだけだ」 「随分(ずいぶん)と都合のいい知り合いがいたんだね」  多田にも結城の言いたい事はよく分かった。  普通に考えて、容姿も多田好みで、腕もいい子供がいるなど、そんな都合の良い事があるとは思えない。  実際、多田が幸を見つけたのも、その腕前に気付いたのも、単なる偶然なのだ。 「私もそう思うよ」 「理由は教えないって訳か」 「まあ、好きに解釈しとけ」  多田は結城の相手に疲れ、適当に答えた。 「まあ、どうでもいいけど」  そう言って、結城は面白くもなさそうに欠伸(あくび)を一つする。 「なら聞くな」  多田は(とが)めるように告げるが、結城がどうでもいい質問をして来るのはいつもの事だし、単なる暇つぶしの話題など、わざわざ気にする迄もない。  だから、多田は、この話は終わったのだろうと思っていたのだが、まだ結城には思うところがあるらしい。 「でも、幸ちゃんの事、少し気になるんだよね」  結城は天井を仰いで、ぼんやりと呟く。 「あの子、なんであんなに無邪気に笑ってるの? 多田さんも手を出してるんでしょ?」 「幸が私の事を好きだからだろう」  多田がさらりと流すように告げた言葉に、結城は考えるように腕組みをすると、ため息混じりに呟く。 「まあ、どうもいいけどね」  そして、会話が一段落した時、構成員が切迫した声で告げて来た。 「大変です! 無線がつながりません」 「なんだって?」  結城が慌てて大きな声を上げた。 「原因と現在の位置は分かるのか?」  多田が冷静に尋ねると、構成員は慌てながらも、手元の端末に表示された情報を読み上げる。 「最後に確認した場所は、金庫室につながる廊下の手前です。連絡が途絶えたのは、恐らく電波妨害の類だと思われます」  指示を出そうにも、部隊はもう侵入しているのだ。  結城は慌てて端末を操作するが、実行部隊との通信は完全に遮断されていた。 「多田さん、駄目だ。完全に切れてる」  連絡手段がなければ、実行部隊に指示を出す事も出来ず、事務所で出来る事などないに等しい。 「車で待機している構成員に 連絡を取ってくれ」  それでも、打てる手は打っておこうと、多田は構成員に命令した。

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