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第三章(二十四)幸の才能

 それから、しばらくして、実行部隊が戦利品を持って帰って来た。 「戻りました」  リーダーが挨拶をすると、多田(ただ)が入口まで迎えに出て労いの言葉をかける。 「うまく行ったみたいだな。よくやってくれた」 「ありがとうございます」  笑顔で答えるリーダーに、多田は、気になっていた仕事の首尾を尋ねる。 「聞くところによると、(みゆき)が大活躍だったそうじゃないか」 「はい。今回の成功は、幸なしでは出来ませんでした。本当に凄かったんですよ」 「詳しく教えてくれ」  多田に聞かれると、リーダーは興奮した様子で、事の顛末(てんまつ)について説明した。  その内容は、幸の凄さを十分に伝えるもので、多田は、終始上機嫌で話を聞いていた。 「本当に、凄かったんです」  リーダーが何度目かの同じ言葉を言って話を締めくくると、多田は軽く相槌(あいづち)を打つ。 「なる程」  それから、戦利品を見て、リーダーに合図をした。 「取り敢えず、それを渡しておいてくれ」 「分かりました」  多田は指示を出し終えると、幸に目を向けた。  大きなトラブルに見舞われたが、それを切り抜けた手際は見事と言う他ない。  確かに、危ない掛けのようにも思えるが、多田は、幸が絶対の自信なくして、実行に移す(はず)がないと分かっていた。  どれだけの才能なのかと、多田も感心せずにはいられない。 「幸、よくやったな」  多田は床にしゃがみ込むと、幸を抱き締める。 「ありがとうございます」  それに、幸は嬉しそうに答えて、多田にしがみつく。  幸は大好きな仕事が出来た上に、多田にも褒めても貰えて、嬉しくて仕方がなかったのだ。  そして、多田は幸を抱き締めながら、その無邪気な様子や、何よりその才能に欲情した。 「じゃあ、向こうに行こうか」  多田は耳元で(ささや)くと、ゆっくりと立ち上がり、そのまま幸を執務室に連れて行こうとした。  すると、それを結城(ゆうき)が声をかけて引き止める。 「熱烈な抱擁中悪いんだけどさ。幸ちゃん、ちょっと質問していい?」  幸は、結城に聞かれると、顔をあげて多田を見る。  多田は、せっかくの気分に水をさされて不機嫌ではあったが、このまま無視する方が(うるさ)くなりそうだと思い、結城の要求に応じる事にした。 「ああ。好きにすればいい。その代わり手短にな」  そう言って、多田は幸を解放した。 「どうも」  それに、結城はいつものおどけた調子で答えると、幸を手招いた。 「立ち話もなんだからさ、あっちで座って話そうよ」  幸は結城に誘われて、多田の顔色を(うかが)う。 「行っておいで」 「ほら、多田さんのお許しも出たからさ」  結城に急かされて、幸はおどおどしながらも傍まで歩いて行った。 「座って座って」  椅子を勧められて、幸は席につく。  結城はそれを確かめてから、幸に貸していた端末をテーブルに置いた。 「電子ロック開けたって聞いたけど、どうやったのか教えてよ」  幸には、遠隔操作でロックを解除する為に、端末を渡していた。  それと言うのも、金庫室の電子ロックは、警備システムとは違って独立したものとなっており、外部からアクセスする事が出来ない仕様となっていた為、解除するには直接操作する必要があったのだ。  それなら、結城が直接現地に(おもむ)けばいいだけの話だが、慣れない結城を連れて行くのはリスクが大き過ぎる上に、何より本人が行くのを嫌がったのだから仕方がない。  結局、結城が事務所から遠隔で操作して解除する事で落ち着き、幸に端末を貸す事になった。  結城が幸に貸した端末には、あらゆるパターンを想定した、解除の為のプログラムがインストールされていた。  確かに、この端末だけで解除する事が可能ではある。  しかし、結城が幸に教えているのはまだ初歩の段階で、いくら端末があるとは言え、解除出来るとは思えなかった。 「幸ちゃん。どうやって部屋の鍵開けたの?」  言われて、幸は少し首を(かし)げる。 「結城さんに教えて貰った通りにやりました」  幸はそう言うが、結城が端末の操作ログを見る限り、それなりに複雑なシステムで、教えた範囲で解除出来るとはとても思えない。 「僕、これ教えた?」  聞かれて、幸は不思議そうな顔で(うなず)く。  確かに、結城には、簡単な事しか教えて貰ってはいなかったが、そのうちのいくつかを組み合わせれば、別に出来ないものではない。  全く手順は違うが、幸にとって鍵を開けると言う事に、さしたる違いはなかった。 「えっと、こんなの教えたっけ?」 「はい」  結城は首を(ひね)って考えるが、どうしても分からない。  難しい顔をして考え込む結城を見て、幸は何かいけない事でもしたのかと不安になる。  幸が、怒られるのではないかとおどおどしていると、結城が今回の仕事で使った端末を見せて来た。 「これで、もう一回おんなじようにやってみてよ」  しばらくして、結城がお手上げとばかりに肩を(すく)めて見せた。 「僕、廃業しようかな」  そう言って、顔に手を当てる。 「どうした?」  じっと様子を見ていた多田が声をかける。 「多分、鍵に関する事だけなんだろうけどさ。幸ちゃん天才かも」  自分の専売特許を奪われては、結城も苦笑するしかない。 「好きこそものの……ってやつなのかなあ」 「なる程な」  多田は相槌を打つ。  幸は味わえば味わう程、魅力が増すらしい。  いい拾い物をしたと、多田は口元を緩ませる。 「幸。流石だな。こっちにおいで」  褒められて、幸は嬉しそうに微笑むと、小走りに多田の元へ行った。 「いい子だ」  多田は幸の頭を撫でながら、結城を見る。 「お疲れだったな。もう帰っていいぞ」  邪魔だと言わんばかりの多田の態度に、結城は口をへの字に曲げる。 「何? これから幸ちゃん抱くの?」 「だったらなんだ?」 「別に」  結城は、多田の言葉に眉を(ひそ)めはするが、興味ないといった体で答える。 「じゃあ、帰れ」  それに、多田が不機嫌そうに言うと、結城はため息をつきながら荷物をリュックに詰め始めた。 「幸ちゃん。バイバイ」  そして、結城は仕度を終えると、幸に手を振って事務所を後にした。  多田は結城の背を見送ると、いつものように、幸を執務室に連れて行った。

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