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第三章(二十八)不始末

 この日の仕事は、それほど難しくない(はず)だったのだが、途中で警備システムが作動してしまったらしい。  警報が鳴ったが、実行部隊はなんとか脱出する事が出来、戦利品も手に入れた。  しかし、確実に部隊の仕事はバレている。  リーダーは車に戻ると、すぐに事務所に連絡を入れた。 「すみません、トラブルがありまして……」 『知っている』  リーダーの言葉を(さえぎ)って、多田(ただ)が低い声で告げた。 『とりあえず早く帰って来い』 「分かりました」  リーダーは(ひたい)に汗をかきながら、返事をした。  事務所では、自宅で仕事をしている結城(ゆうき)と連絡を取り合っていた。  結城も、最近では事務所で仕事をする事が多かったのだが、(みゆき)がいないのなら行きたくないと言って、今回は自宅にいたのだ。  このタイミングでトラブルというのは最悪だったが、幸が来る迄は自宅で対応していたのだから、いつも通りといえばいつも通りと言えた。  しかし、今回のトラブルは今までの比ではない。 「どうだ?」  多田が聞くと、結城が難しそうに(うな)り声を上げる。 『すぐに対応したけど厳しいなあ。多分、金庫室の映像は残ってるんじゃないかな』  それに、今度は多田が唸り声を上げた。  そもそもの原因は、金庫室で日下(くさか)が作業している時に、警報が作動した事による。  異変に気付いた警備員がシステムを復旧したようだが、僅かにタイムラグが生じた事もあり、そちらに関しては結城がなんとか対応出来た。  しかし、事前に失敗するのが分かっていた訳ではないのだから、金庫室の件は対応出来る筈もない。 「不味いな……」  今回のターゲットは財界の有力者で、そこから貴金属のコレクションを盗むのが仕事だった。  相手は、相当な金持ちであるにもかかわらず、警備システムにはあまり金をかけていないようで、余程のヘマをしない限り失敗する筈のない簡単な仕事と思われた。  それが、何故こんな事態になったのかを知る為には、実行部隊の帰りを待つしかない。  今後どうするかの対策を練らねばいけないが、もう夜も深く、結城もやれるだけの事をした今、組織では他に動ける事が何もなかった。 「夜が明けたら、川上(かわかみ)に連絡を取る事にするか」  多田の言う川上とは、組織の顧客で、政財界のドンと呼ばれる川上敏夫(かわかみとしお)の事だ。  組織に何かあったとしても、川上が捕まるような事はないだろうが、自分の周りを調べられるのは面白くないだろう。  打診すれば、川上は動いてくれる可能性が高い。  それに、今後、何があるかは分からないので、連絡を取っておく方が確実と思われた。  それからしばらくして、実行部隊が戻って来た。  事務所に帰らせるのは気が引けたが、なにぶん咄嗟(とっさ)の事で、安全に避難させる場所もない。  仕方なく、なるべく目立たないようにして、実行部隊を事務所に迎え入れた。 「すみません」  事務所に入ると、リーダーが開口一番、謝罪した。  多田は苛立ちを覚えたが、状況が飲み込めない以上、まず詳しい説明を聞くより他にない。 「何があった?」  多田が聞くと、リーダーは萎縮(いしゅく)しながら答える。 「金庫室に侵入するまでは上手く行ったのですが、日下が勝手に金庫を壊そうとして、その時、警報が作動したようです」 「壊した?」  多田が眉を(ひそ)める。  確かに、どうしようもなくて金庫を壊す時もある。  しかし、金庫を壊すと作動する警報もあるので、それがどれ程危険かは、日下も十分知っている筈だったし、万が一必要となっても確認するようにとも伝えてある。 「監視を(おこた)りました」  リーダーは自分の責任だと謝っているが、その報告が事実なら、全て日下の責任だ。 「日下はどうした?」  多田が尋ねると、リーダーは苦虫を噛み潰したような顔になる。 「車から降りるのを拒否したので、無理やり降ろしているところです」 「クズがっ!」  多田がイライラとしてゴミ箱を蹴飛ばすと「ガン」という音の後に、外からバタバタという音が聞こえて来る。  その後、ドアが開いて、両脇から二人の構成員に取り押さえられた状態で、日下が連れて来られた。  多田は二人を下がらせると、日下の胸ぐらを掴む。 「どういう事だ?」 「こ、これは、あの……」  この期に及んで、まだ言い訳をしようとする日下を多田が殴り飛ばす。 「すみません、すみません」  日下は倒れ込んで無様に謝る。  多田は、日下の前にしゃがみ込むと、詳しい説明を求めた。  すると、今までも確認せずに、壊していた事があると自白した。  今までなんの問題もなかったので、今回もいけると思い独断で壊したらしいが、それが最悪な形で出てしまった。 「クズが!」  多田は日下の胸ぐらを掴んで立ち上がると、もう一発、顔面を殴った。 「貴様の所為(せい)で組織まで危険にさらされてるんだぞ!」  多田は、何度殴っても気が鎮まりそうになかったが、日下が警察に捕まった時の事に外傷があるのも不味いだろうと、なんとか気持ちを抑え込んだ。  そして、侮蔑 (ぶべつ)眼差(まなざ)しで日下を一瞥(いちべつ)すると、構成員に指示を出した。 「そいつは逃げないように縛り付けとけ!」

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