70 / 103
第三章(二十八)不始末
この日の仕事は、それほど難しくない筈 だったのだが、途中で警備システムが作動してしまったらしい。
警報が鳴ったが、実行部隊はなんとか脱出する事が出来、戦利品も手に入れた。
しかし、確実に部隊の仕事はバレている。
リーダーは車に戻ると、すぐに事務所に連絡を入れた。
「すみません、トラブルがありまして……」
『知っている』
リーダーの言葉を遮 って、多田 が低い声で告げた。
『とりあえず早く帰って来い』
「分かりました」
リーダーは額 に汗をかきながら、返事をした。
事務所では、自宅で仕事をしている結城 と連絡を取り合っていた。
結城も、最近では事務所で仕事をする事が多かったのだが、幸 がいないのなら行きたくないと言って、今回は自宅にいたのだ。
このタイミングでトラブルというのは最悪だったが、幸が来る迄は自宅で対応していたのだから、いつも通りといえばいつも通りと言えた。
しかし、今回のトラブルは今までの比ではない。
「どうだ?」
多田が聞くと、結城が難しそうに唸 り声を上げる。
『すぐに対応したけど厳しいなあ。多分、金庫室の映像は残ってるんじゃないかな』
それに、今度は多田が唸り声を上げた。
そもそもの原因は、金庫室で日下 が作業している時に、警報が作動した事による。
異変に気付いた警備員がシステムを復旧したようだが、僅かにタイムラグが生じた事もあり、そちらに関しては結城がなんとか対応出来た。
しかし、事前に失敗するのが分かっていた訳ではないのだから、金庫室の件は対応出来る筈もない。
「不味いな……」
今回のターゲットは財界の有力者で、そこから貴金属のコレクションを盗むのが仕事だった。
相手は、相当な金持ちであるにもかかわらず、警備システムにはあまり金をかけていないようで、余程のヘマをしない限り失敗する筈のない簡単な仕事と思われた。
それが、何故こんな事態になったのかを知る為には、実行部隊の帰りを待つしかない。
今後どうするかの対策を練らねばいけないが、もう夜も深く、結城もやれるだけの事をした今、組織では他に動ける事が何もなかった。
「夜が明けたら、川上 に連絡を取る事にするか」
多田の言う川上とは、組織の顧客で、政財界のドンと呼ばれる川上敏夫 の事だ。
組織に何かあったとしても、川上が捕まるような事はないだろうが、自分の周りを調べられるのは面白くないだろう。
打診すれば、川上は動いてくれる可能性が高い。
それに、今後、何があるかは分からないので、連絡を取っておく方が確実と思われた。
それからしばらくして、実行部隊が戻って来た。
事務所に帰らせるのは気が引けたが、なにぶん咄嗟 の事で、安全に避難させる場所もない。
仕方なく、なるべく目立たないようにして、実行部隊を事務所に迎え入れた。
「すみません」
事務所に入ると、リーダーが開口一番、謝罪した。
多田は苛立ちを覚えたが、状況が飲み込めない以上、まず詳しい説明を聞くより他にない。
「何があった?」
多田が聞くと、リーダーは萎縮 しながら答える。
「金庫室に侵入するまでは上手く行ったのですが、日下が勝手に金庫を壊そうとして、その時、警報が作動したようです」
「壊した?」
多田が眉を顰 める。
確かに、どうしようもなくて金庫を壊す時もある。
しかし、金庫を壊すと作動する警報もあるので、それがどれ程危険かは、日下も十分知っている筈だったし、万が一必要となっても確認するようにとも伝えてある。
「監視を怠 りました」
リーダーは自分の責任だと謝っているが、その報告が事実なら、全て日下の責任だ。
「日下はどうした?」
多田が尋ねると、リーダーは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「車から降りるのを拒否したので、無理やり降ろしているところです」
「クズがっ!」
多田がイライラとしてゴミ箱を蹴飛ばすと「ガン」という音の後に、外からバタバタという音が聞こえて来る。
その後、ドアが開いて、両脇から二人の構成員に取り押さえられた状態で、日下が連れて来られた。
多田は二人を下がらせると、日下の胸ぐらを掴む。
「どういう事だ?」
「こ、これは、あの……」
この期に及んで、まだ言い訳をしようとする日下を多田が殴り飛ばす。
「すみません、すみません」
日下は倒れ込んで無様に謝る。
多田は、日下の前にしゃがみ込むと、詳しい説明を求めた。
すると、今までも確認せずに、壊していた事があると自白した。
今までなんの問題もなかったので、今回もいけると思い独断で壊したらしいが、それが最悪な形で出てしまった。
「クズが!」
多田は日下の胸ぐらを掴んで立ち上がると、もう一発、顔面を殴った。
「貴様の所為 で組織まで危険にさらされてるんだぞ!」
多田は、何度殴っても気が鎮まりそうになかったが、日下が警察に捕まった時の事に外傷があるのも不味いだろうと、なんとか気持ちを抑え込んだ。
そして、侮蔑 の眼差 しで日下を一瞥 すると、構成員に指示を出した。
「そいつは逃げないように縛り付けとけ!」
ともだちにシェアしよう!