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第三章(三十)接待

 日下(くさか)が勝手な行動を取った所為(せい)で警備システムが作動し、仕事の痕跡を残す事になった。  このまま日下が捕まる事にでもなれば、芋づる式に密売組織まで(あぶ)り出され、崩壊する事になりかねない。  まだ、これからどうなるのかは分からないが、最悪の事態を回避する為にも、早いうちに手を打っておかなくてはならない。  そこで、多田(ただ)は、警察の上層部にも顔の効く川上(かわかみ)と取り引きする(ため)に、これから会う事になっていた。  はじめ、多田が川上に取り引きを持ちかけた時は、面倒な仕事だと突っぱねて来たのだが、(みゆき)を取引材料に出すと、その場で予定を調節し、すぐにでも会いたいと言って来た。  多田は川上の執務室に通されると、軽く挨拶(あいさつ)を済ませてから、幸を自分の前に立たせる。 「この子が、電話で言っていた『幸』です」  そう言ってから、多田は幸に声をかける。 「幸。こっちは川上先生だ」  幸は多田に紹介されて、川上に小さくお辞儀をした。 「なる程」  川上は幸を見て口元を緩める。 「これは、想像した以上だな」  そう言って川上が椅子から立ち上がると、多田は幸に(ささや)く。 「川上先生のところに行ってごらん」  幸は戸惑いながらも、多田の指示に従い、川上の元へ行く。  川上は幸が傍まで来ると、腰を落としてまじまじと見つめた。 「綺麗な子だな」  川上は下卑た笑みを浮かべると、幸を抱きしめ、服の下から直接素肌を触る。 「一晩と言っていたが、それだけでは物足りないな。この子を私に売らないか?」  川上は余程気に入ったらしく、幸に(ほお)ずりをしながら多田に告げた。  多田は川上の言葉に眉を(ひそ)める。  確かに、今回の不手際もあり、しばらく大きな仕事は出来ないが、ほとぼりが冷めれば仕事を始める訳だし、幸を手放す訳にはいかない。 「流石(さすが)にそれは困ります。一晩の約束ですし、幸の事は私も気に入っていますので」  多田に言われても、川上も引き下がるつもりはなかった。 「約束していた金は要らない。それでどうだ?」  約束していた金とは、相手との示談金(じだんきん)の他に、報酬として川上が多田に要求している物の事だ。  多田にしても嬉しい申し出ではあるが、幸と引き換えにするのはどう考えても割に合わない。 「お金は払いますから、幸の事は勘弁してください」 「では、更に上乗せして、代金を言い値で払おう。それでどうだ?」 「当初の予定通り、貸すという形で許してください」  多田に言われて、川上はもう一度、幸を見る。  しかし、冷静に考えてみれば、今は気に入っているとは言え、買い受けたところで、子供などすぐに成長してしまうのだ。  川上は少年愛者であって、大きくなれば興味を失うに決まっている。 「では、先程の条件で一年貸し出すという事でどうだ?」  条件は変わったが、この件が落ち着いたら、幸には働いて貰わねばならないのだから、いくら言われても、多田も条件を飲むつもりはない。 「では、お金などはそのままでいいので、二日という事でどうでしょう?」  しばらく話し合いを続けた結果、川上が今回の報酬を半額にする代わりに、多田は幸を一週間貸し出すと言う事で落ち着いた。 「大丈夫だ。後は任せておけ」 「ありがとうございます」  川上が笑みを浮かべて告げると、多田は複雑な表情で礼を言った。  それから、幸を見て優しく告げる。 「幸、川上先生の言う事をよく聞くんだよ」 「はい」  幸は多田の方を振り向いて返事をする。  多田に言われて、幸は、特別な仕事が何かを理解した。  売る、貸すと言う言葉や、川上の様子を見るに、多田は、この男に抱かれて来いと言っているのだろう。  幸は、もう一度、川上を見てから、不安げに多田の方を振り向いた。  多田は幸と視線を合わせると、優しく声をかける。 「一週間したら迎えに来る。それまでいい子にしているんだ」 「はい」  幸は、多田の言葉に(うなず)くと、心配をかけないようにと精一杯の笑顔を見せた。  多田は昼過ぎに事務所に帰って来たが、一緒に出かけた筈の幸を連れてはいなかった。 「幸はどうしたんですか?」  沢井が駆け寄って尋ねると、多田は顔も見ないで答えた。 「接待をして貰う事になった」 「接待って……」  この場合の接待と言うのは、川上に性的に奉仕すると言う事だろう。  そんな事は沢井も分かっていたが、聞き返さずにはいられなかった。  それに、多田は面倒臭そうに答える。 「言わないと分からないのか?」 「ボス!」  沢井が問い詰めるように名を呼ぶのに、多田は冷めた目で応える。 「幸でも理解していたがな」 「まさか! 幸に理解出来る訳がないでしょう!」  多田の言葉に、沢井は思わず大きな声を出してしまった。  確かに、川上を動かすにはまたとない餌だと言う事は分かるし、幸は多田の人形なのだから、どう扱おうと、沢井に文句を言う筋合いなどない。  しかし、幸には鍵屋としても役割もあるし、多田の行動は、沢井の理解の範囲外だ。  沢井が続けて言おうとした事を多田は知っていると言わんばかりに(さえぎ)った。 「幸はお前より余程心得ているよ。それに、川上は特殊な性癖の持ち主だが、乱暴に扱う事はしないだろう。なんの問題もない」  そう言うと、多田は沢井を鋭い目で(にら)みつける。 「それより、お前はいつから幸に情が移ったんだ?」 「それは……」  沢井は言い(よど)む。  以前の沢井なら、幸に何があろうと、ここまで心配する事はなかった筈だ。 「ふん」  多田は沢井の様子を見て、軽く鼻で笑った。 「幸が可愛いと思うなら、精々、幸の頑張りを無駄にしないように働くんだな」 「分かりました」  沢井は、多田の言葉に返事をすると、奥歯を噛みしめた。

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