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第三章(三十七)解放

 川上(かわかみ)が日付が変わる辺りに迎えに来いと言っていたので、多田(ただ)はその10分前くらいに邸宅を訪れた。  多田が(みゆき)を迎えに行くと、夜中の0時ちょうどに、川上の部屋に通された。  そこには、少し乱れたドレスを着た幸がいて、川上の膝に座っていた。  多田は、それを見て趣味の悪さに気分が悪くなったが、表情には出さずに川上に笑顔を向ける。 「この度は、お力添えいたたきありがとうございました」 「可愛いおもちゃで遊べて、なかなか楽しめたよ。また近いうちに借してくれ」  そう言って、川上は幸を後ろから抱きしめる。 「そうですね。また機会があれば」  多田はそんな気など全くなかったが、否定する訳にもいかず曖昧(あいまい)に答えた。 「また近いうちに頼むよ」  川上はそう言うと、幸の(ほほ)()でてから耳元で(ささや)く。 「多田の所に行っていいよ」  幸は川上に促され、戸惑いながらも多田の元に行った。 「じゃあ、また連絡する」  川上の言葉に、多田はお辞儀しながら、見えないようにこっそりと眉を(ひそ)める。 「ありがとうございました」  すると、幸も多田に(なら)って幸が隣でお辞儀をする。  川上はそれを見て、顔を(ほころ)ばせた。 「またね、幸ちゃん」  多田は車に乗り込むと、顔を(しか)めて舌打ちをした。  それから、心配するように幸を見る。  幸は平気そうに振る舞ってはいたが、疲れて憔悴(しょうすい)しきっているのは、多田にも伝わって来た。 「良く頑張ったな」 「ありがとうございます」  声をかけられて、幸は硬い表情で答えた。  無理をしているのは明らかで、多田は幸の健気な態度に心を打たれたが、それ以上は何も言わず、そっと肩を抱き寄せた。 「行ってくれ」  多田が運転手に告げると、車は事務所に向けて出発した。    帰り着いた時は、もう時間が遅かった事もあり、事務所にいたのは沢井(さわい)だけだった。 「帰ったぞ」  沢井は事務所に入って来た幸を見て顔を顰めた。  川上の趣味は知っていたし、確かにドレスは良く似合っていたが、着せられている幸の事を思うと、いたたまれなかった。  沢井は、多田に言いたい事は山程あったが、言えば幸が酷い目にあわせられるのも知っていたので、何も言えずに挨拶だけする。 「ボス、お帰りなさい」  その言葉に、多田は手を挙げて応えるが、幸は口を開けば涙が(こぼ)れそうで、声を出さずに会釈だけした。  しかし、懐かしい事務所に帰って来て、そして大好きな沢井の顔を見て、幸は感情を抑える事が出来なくなり一筋の涙を流す。 「ごめんなさい」  幸は、泣いてはいけないと思っていたようで、頬を伝う涙を拭って多田に謝る。  しかし、多田は怒りはせず、むしろ慰めるように、優しく幸を抱きしめた。 「謝らなくていい。良くやった」  すると、幸は多田の胸に(すが)り付いて泣き始めた。  それを多田は優しく受け止め、頭を撫でる。  ここに来てから、幸がこんな風に泣きじゃくる事はただの一度もなかったので、どれだけ頑張ったかと言う事が、沢井も痛いほど伝わって来た。  多田は気遣うように幸に話しかける。 「好きなだけ泣けばいい」  しかし、その実、多田は幸の健気な態度に欲情していた。  多田は、しばらく幸と離れていた事もあり、このまま抱きたいと思ったが、気持ちを抑えて沢井の名を呼ぶ。 「沢井」 「はい」  沢井が返事をすると、多田は幸をチラリと見る。 「今日は連れて帰って、ゆっくり休ませてやれ」 「あ、はい」  沢井は多田の態度に驚いたが、気が変わらないうちにと幸を連れて帰る事にした。 「幸、おいで」 「はい」  沢井が呼ぶと、幸は泣き顔のままで笑った。  幸は車に乗ると、ぐったりと沢井の肩にもたれかかった。 「酷い事をされたのか?」  沢井も川上の性癖を知っていたので、幸が精神的にまいっている事は容易に想像出来た。 「……良く、頑張ったな」  沢井は言葉が見つからず、それだけ言って幸の肩を抱き寄せた。 「いい子だ」 「沢井さん、ありがとうございます」  アパートにつくと、沢井は疲れている幸を抱きかかえるようにして部屋に入った。 「風呂に入るか? それとも寝るか?」  それに、幸はしばらく考え込んでから、言いにくそうに口を開いた。 「沢井さんとお風呂に入って……一緒に……」 「俺と風呂に入って?」  良く聞き取れなくて沢井が聞き返すと、幸はもう一度考えてから、言葉を続けた。 「沢井さんとお風呂に入って、沢井さんに……抱かれたい」  沢井は、まだ幼い恥ずかしがり屋の少年が、自分を誘って来た事に驚いた。  ここに来て、長い間、多田や沢井に抱かれて来た幸には、それがどう言う意味か良く分かっている筈だ。  幸が遊びや性欲処理で誰かを誘うとは思えないし、何よりさっきまで抱かれていたのだろうから、酷く疲れているのは間違いない。  沢井は、それでも幸が誘って来るのなら、何か深い意味があるのだろうと思った。 「沢井さんの事、大好きなんです。ダメ、ですか?」  これは、もう間違えようもないくらい真っ直ぐな、沢井に対する愛の告白だった。 「幸、今日は疲れてるから……もう」  沢井は幸の言葉に、しどろもどろになる。  幸に気持ちを伝えられたところで、沢井は遊びのつもりだったし、受け止める気など毛頭ない。  それに、多田の不興を買うのも御免だったし、適当に流す方がいい事は分かっている。  しかし、沢井には何故か断る事が出来ず、色々と思い悩んだ末に幸を抱く事にした。  抱いたところで、多田にバレるとは思えなかったし、なにより幸を懐かせおいた方が都合がいいのだ。 「一緒に入るか」  沢井は打算混じりに言う。 「はい」  しかし、幸はそうとは知らず、嬉しそうに返事をして、沢井に綺麗な笑顔を向けた。  沢井は幸の笑顔に鼓動が波打つのを感じたが、それを心の奥底に押し込めた。    風呂から出た後、沢井は幸を抱いた。 「幸」  沢井は名前を呼んで、幸の体中に口付ける。 「沢井さ……あっ」  幸は言いかけて声を漏らす。  沢井は、幸の後ろを良く(ほぐ)すと、中にゆっくり挿入する。 「可愛いな」  沢井は幸を見つめてから、深く深く口付けた。 「んっ」  幸の声が口の端から漏れる。 「いい子だ」  そう言いながら、幸の頭を抱きしめて、髪をかき乱す。  それと同時に、沢井の心もかき乱された。  沢井は、愛している筈はないと思いながらも、幸が愛しくて仕方がなかった。  その気持ちは、ただの同情に違いないと思うが、今まで愛情を注がれて来なかった沢井には、真っ直ぐな幸の愛が眩しかった。 「愛してるよ」  いつものように、沢井は偽りの愛を囁いたつもりだった。  しかし、その言葉に笑顔を見せる幸を見て、押し込めた筈の思いが、(あふ)れて来るのを感じた。 「幸、愛してる」 「僕も、愛してます」  しがみついて来る幸を抱きしめて、その中に全てを吐き出した。  それと同時に、幸も体を濡らした。

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