80 / 103

第三章(三十八)不貞の証拠

 昨夜、(みゆき)は精通を迎えた。  沢井(さわい)はそれに、まず慌てた。  川上(かわかみ)のところでなったのかと聞いたが、幸は違うと言う。  まさかとは思うが、沢井と寝た時に来たのだと多田(ただ)にバレる事になれば、ただではすまない。  そもそも、多田が幸を抱かずに沢井に託したのは、ゆっくり休ませろと言う意思表示だ。  多田が我慢してると言うのに、沢井が抱くなど許される(はず)がない。  なんとか誤魔化したいが、幸に演技が出来るとは思えず、沢井は色々と考えた末、多田から何か聞かれたら、川上との行為中になったと言うように言った。  幸が事務所に着くと、多田が待ち構えていたように出迎えた。 「おはよう、幸。ゆっくり休めたか?」 「はい」  幸は綺麗な顔で笑う。  多田は、幸のこの笑顔をとても気に入っていた。  それは、暗い世界に咲く一輪の花のようにも見え、多田の心を癒すのだ。  しかし、気に入っていると言っても、多田にとって、幸は言う通りに動く都合のいい人形に過ぎない。 「可愛いな」  多田は幸を抱きしめると、執務室に連れて行き鍵を閉めた。 「いい子だったな」  多田は珍しく機嫌が良く、幸を膝に乗せると優しく口付ける。 「幸のお陰で話がスムーズに進んだよ」  幸は多田に褒められて、嬉しそうに笑った。 「頑張ったな」  多田は幸のシャツの下から手を入れると、(なめ)らかな肌をまさぐった。 「ありがとうございます」  そう言って、幸は多田に抱きつく。  幸は沢井の事を愛していたが、多田の事も好きだった。  確かに、多田は怒れば怖いし、幸を乱暴に(あつか)う事も多いが、それでも日下から救ってくれた事に変わりはない。  それに、幸にとって、ここでの生活は、日下との暮らしよりずっと良かったのだ。 「幸」  多田は名前を呼びながら、幸をソファに優しく寝かせた。 「今日は優しくしてやろう」  そして、幸の服を脱がせながら、白い肌に唇を()わす。 「あっ」  幸は多田の愛撫(あいぶ)に体を反らし、口から小さな声を()らした。  多田はその声を聞いて、口元に笑みを浮かべる。 「名前を呼んでごらん」 「多田さん」  名前を呼ぶ声を聞くと、多田は幸の後ろにそっと指を入れる。 「どうだ?」  そう言って、多田が中を()き回すと、幸は体を反応させて多田に抱きついた。 「ああっ」  開発されて、幸がどんどん(みだ)らになっていく様子に、多田は満足気に笑みを浮かべた。  そして、後ろをじっくり(ほぐ)すと、自分のものをあてがう。 「入れるぞ」  幸は少しかまえて目を閉じた。  すると、多田がゆっくりと中に入って来る。 「あっ」  多田は片手で幸の股間を(しご)きながら、腰を進めた。 「ああっあああ」  幸は多田に体を任せて声を漏らす。  多田のものが中で(こす)れて、幸を刺激した。 「どうだ?」  聞かれて、多田に教えられた言葉を答える。 「気持ちっ……いいっ」  その言葉に興奮して、多田は幸の中で激しく動いた。 「あっああ」  多田が幸の股間を扱きながら突き上げると、幸は快感に声をあげ、自分の腹に射精した。  しかし、多田は幸の事には気付かず、自分がいくまでひたすら攻め続けた。  それから、満足して体を離すと、幸が射精しているのに気付いた。 「幸? 初めてか?」  多田に聞かれて、幸は困ったように目を()らす。  その態度を見て、多田は顔を(しか)めた。  それは、恥ずかしがっていると言うよりも、隠し事を見つかって慌てているように見えて、多田は幸が初めてではないのだと悟った。  今まで上機嫌だった多田の周りの温度が急に下がる。 「あ、の……」  言い(よど)む幸に、多田が覆い被さるようにして尋ねた。 「昨日、沢井と寝たか?」  幸は、慌てて首を大きく横に振るが、多田はその動揺ぶりを見て、幸が沢井と寝たと確信した。  しかし、沢井は多田が幸を託した意味を理解している筈だし、自ら抱こうとするとは考えにくい。  それでも、沢井が抱いたと言うのなら、幸の方から誘ったと考える方が自然だ。 「お前が誘ったな?」  その問いに幸は動揺するが、沢井と示し合わせた事を思い出し、川上の名を出そうと口を開く。 「川上先生と……」  多田は、言いかけた言葉を遮るように、幸を床に突き飛ばした。 「沢井に何か言われたか?」 「何も……」 「川上の所為(せい)にしろとでも言われたか?」  多田の元には、川上と幸との一部始終を映したデータが送られて来ていたので、それを見れば嘘をついているのはバレバレだった。 「沢井を誘って寝たな」  多田は、幸の腕を取ると、鋭い目で(にら)みつけた。  幸は、映像が送られて来ているなど知らなかったので、多田が沢井との事を知っているとは思えない。  しかし、多田にバレているのなら、幸から誘ったと答えなければ、沢井に迷惑をかける事になる。  悩んだ末に幸が口を開く。 「僕が……」  しかし、多田はもう何も聞く気はなかった。 「いつから、そんな淫乱(いんらん)になった? お前は誰のものだか忘れたのか?」 「それは……」  幸の態度を見て、多田は更に苛立ちを覚えた。  いつもは「多田の物」と答える幸が、返事もせずに言い訳をしようとする。  多田は怒りに任せて、幸を床に投げ飛ばした。 「私を裏切るとはいい度胸だ。優しくするつもりだったが、もうお(しま)いだ」  多田は幸との行為が終わると、ドアを勢いよく開け、大きな声で沢井を呼んだ。 「沢井! こっちに来い!」 「はい」  沢井は胸騒ぎを覚えながらも、多田の待つ執務室に向かう。  中に入ると、幸が全裸で床に転がっていて、幸が何かヘマをしたのだと気付いた。 「昨日、幸を抱いたな」 「何を……」  多田に聞かれて、沢井は言葉に詰まる。  沢井は、幸が本当の事を言うとは思えないし、多田が決定的な証拠を持っているとも思えない。  まだ疑惑の段階だと言うのなら否定すべきだが、もし仮にバレているとするなら、誤魔化すのは逆効果だ。  沢井が返答に困っていると、多田がデスクに置かれた端末を指差した。 「それに、川上から送られて来た動画が入っている」  沢井が(のぞ)き込むと、そこには女装した幸を川上が(もてあそ)んでいる姿が映っていた。  それを見て、沢井は不快そうに眉間に(しわ)を寄せる。  しかし、沢井には見ろと言った多田の意図が読めなかった。 「これが何か?」  尋ねる沢井に、多田は怒気を(はら)んだ声で告げる。 「私は、これを見て、どれだけ幸が頑張ったかを知った訳だが。確か、そこには映っていなかったな」  言われて、沢井は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。 「幸がお前を誘ったか?」 「それは……」  言い淀む沢井を多田は鼻で笑い飛ばす。 「幸も自分から男を誘うとはやるようになったとはな。川上に調教されて淫乱になったか?」  多田は横たわる幸の脇腹を軽く足で蹴った。 「連れて行け」  そう言って、多田が沢井を追い出そうとした時、事務所の方から騒ぎ声が聞こえた。 「何事だ?」  多田が苛ついた声で扉を開けると、執務室の外に、三枝が憮然(ぶぜん)とした表情で立っていた。

ともだちにシェアしよう!