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第三章(三十八)不貞の証拠
昨夜、幸 は精通を迎えた。
沢井 はそれに、まず慌てた。
川上 のところでなったのかと聞いたが、幸は違うと言う。
まさかとは思うが、沢井と寝た時に来たのだと多田 にバレる事になれば、ただではすまない。
そもそも、多田が幸を抱かずに沢井に託したのは、ゆっくり休ませろと言う意思表示だ。
多田が我慢してると言うのに、沢井が抱くなど許される筈 がない。
なんとか誤魔化したいが、幸に演技が出来るとは思えず、沢井は色々と考えた末、多田から何か聞かれたら、川上との行為中になったと言うように言った。
幸が事務所に着くと、多田が待ち構えていたように出迎えた。
「おはよう、幸。ゆっくり休めたか?」
「はい」
幸は綺麗な顔で笑う。
多田は、幸のこの笑顔をとても気に入っていた。
それは、暗い世界に咲く一輪の花のようにも見え、多田の心を癒すのだ。
しかし、気に入っていると言っても、多田にとって、幸は言う通りに動く都合のいい人形に過ぎない。
「可愛いな」
多田は幸を抱きしめると、執務室に連れて行き鍵を閉めた。
「いい子だったな」
多田は珍しく機嫌が良く、幸を膝に乗せると優しく口付ける。
「幸のお陰で話がスムーズに進んだよ」
幸は多田に褒められて、嬉しそうに笑った。
「頑張ったな」
多田は幸のシャツの下から手を入れると、滑 らかな肌をまさぐった。
「ありがとうございます」
そう言って、幸は多田に抱きつく。
幸は沢井の事を愛していたが、多田の事も好きだった。
確かに、多田は怒れば怖いし、幸を乱暴に扱 う事も多いが、それでも日下から救ってくれた事に変わりはない。
それに、幸にとって、ここでの生活は、日下との暮らしよりずっと良かったのだ。
「幸」
多田は名前を呼びながら、幸をソファに優しく寝かせた。
「今日は優しくしてやろう」
そして、幸の服を脱がせながら、白い肌に唇を這 わす。
「あっ」
幸は多田の愛撫 に体を反らし、口から小さな声を漏 らした。
多田はその声を聞いて、口元に笑みを浮かべる。
「名前を呼んでごらん」
「多田さん」
名前を呼ぶ声を聞くと、多田は幸の後ろにそっと指を入れる。
「どうだ?」
そう言って、多田が中を掻 き回すと、幸は体を反応させて多田に抱きついた。
「ああっ」
開発されて、幸がどんどん淫 らになっていく様子に、多田は満足気に笑みを浮かべた。
そして、後ろをじっくり解 すと、自分のものをあてがう。
「入れるぞ」
幸は少しかまえて目を閉じた。
すると、多田がゆっくりと中に入って来る。
「あっ」
多田は片手で幸の股間を扱 きながら、腰を進めた。
「ああっあああ」
幸は多田に体を任せて声を漏らす。
多田のものが中で擦 れて、幸を刺激した。
「どうだ?」
聞かれて、多田に教えられた言葉を答える。
「気持ちっ……いいっ」
その言葉に興奮して、多田は幸の中で激しく動いた。
「あっああ」
多田が幸の股間を扱きながら突き上げると、幸は快感に声をあげ、自分の腹に射精した。
しかし、多田は幸の事には気付かず、自分がいくまでひたすら攻め続けた。
それから、満足して体を離すと、幸が射精しているのに気付いた。
「幸? 初めてか?」
多田に聞かれて、幸は困ったように目を逸 らす。
その態度を見て、多田は顔を顰 めた。
それは、恥ずかしがっていると言うよりも、隠し事を見つかって慌てているように見えて、多田は幸が初めてではないのだと悟った。
今まで上機嫌だった多田の周りの温度が急に下がる。
「あ、の……」
言い淀 む幸に、多田が覆い被さるようにして尋ねた。
「昨日、沢井と寝たか?」
幸は、慌てて首を大きく横に振るが、多田はその動揺ぶりを見て、幸が沢井と寝たと確信した。
しかし、沢井は多田が幸を託した意味を理解している筈だし、自ら抱こうとするとは考えにくい。
それでも、沢井が抱いたと言うのなら、幸の方から誘ったと考える方が自然だ。
「お前が誘ったな?」
その問いに幸は動揺するが、沢井と示し合わせた事を思い出し、川上の名を出そうと口を開く。
「川上先生と……」
多田は、言いかけた言葉を遮るように、幸を床に突き飛ばした。
「沢井に何か言われたか?」
「何も……」
「川上の所為 にしろとでも言われたか?」
多田の元には、川上と幸との一部始終を映したデータが送られて来ていたので、それを見れば嘘をついているのはバレバレだった。
「沢井を誘って寝たな」
多田は、幸の腕を取ると、鋭い目で睨 みつけた。
幸は、映像が送られて来ているなど知らなかったので、多田が沢井との事を知っているとは思えない。
しかし、多田にバレているのなら、幸から誘ったと答えなければ、沢井に迷惑をかける事になる。
悩んだ末に幸が口を開く。
「僕が……」
しかし、多田はもう何も聞く気はなかった。
「いつから、そんな淫乱 になった? お前は誰のものだか忘れたのか?」
「それは……」
幸の態度を見て、多田は更に苛立ちを覚えた。
いつもは「多田の物」と答える幸が、返事もせずに言い訳をしようとする。
多田は怒りに任せて、幸を床に投げ飛ばした。
「私を裏切るとはいい度胸だ。優しくするつもりだったが、もうお終 いだ」
多田は幸との行為が終わると、ドアを勢いよく開け、大きな声で沢井を呼んだ。
「沢井! こっちに来い!」
「はい」
沢井は胸騒ぎを覚えながらも、多田の待つ執務室に向かう。
中に入ると、幸が全裸で床に転がっていて、幸が何かヘマをしたのだと気付いた。
「昨日、幸を抱いたな」
「何を……」
多田に聞かれて、沢井は言葉に詰まる。
沢井は、幸が本当の事を言うとは思えないし、多田が決定的な証拠を持っているとも思えない。
まだ疑惑の段階だと言うのなら否定すべきだが、もし仮にバレているとするなら、誤魔化すのは逆効果だ。
沢井が返答に困っていると、多田がデスクに置かれた端末を指差した。
「それに、川上から送られて来た動画が入っている」
沢井が覗 き込むと、そこには女装した幸を川上が弄 んでいる姿が映っていた。
それを見て、沢井は不快そうに眉間に皺 を寄せる。
しかし、沢井には見ろと言った多田の意図が読めなかった。
「これが何か?」
尋ねる沢井に、多田は怒気を孕 んだ声で告げる。
「私は、これを見て、どれだけ幸が頑張ったかを知った訳だが。確か、そこには映っていなかったな」
言われて、沢井は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「幸がお前を誘ったか?」
「それは……」
言い淀む沢井を多田は鼻で笑い飛ばす。
「幸も自分から男を誘うとはやるようになったとはな。川上に調教されて淫乱になったか?」
多田は横たわる幸の脇腹を軽く足で蹴った。
「連れて行け」
そう言って、多田が沢井を追い出そうとした時、事務所の方から騒ぎ声が聞こえた。
「何事だ?」
多田が苛ついた声で扉を開けると、執務室の外に、三枝が憮然 とした表情で立っていた。
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