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第四章(六)フリースクール

 三枝(さえぐさ)後見人(こうけんにん)となってすぐ、(みゆき)の学校関連の手続きをした。  幸の年齢や体格から、三枝は小学生とばかり思っていたのだが、手続きをしようとして、実はこの春で中学二年生になると分かった。  そこで初めて、幸が小一の途中から全く学校に通っていなかった事を知る事になる。  多田(ただ)の所にいた時には、まともに学校へ行ってはいないだろうと思っていたが、これほど長い期間通っていなかった事に驚いた。  学区の小学校に転校の手続きをして通わせればいいだけと思っていたのだが、それが中学編入手続に変わった。  しかし、手続は簡単なのだが、学力面でついていけるとは思えず、三枝も頭を抱えざるを得ない。  とりあえず、中学校に(おもむ)き、現状を話して相談してみたところ、フリースクールに通うのはどうかと提案された。  フリースクールに通えば、中学校の出席日数に数えて貰える上に、それぞれの学力に見合った教育をしてくれるのだと言う。  それから、三枝と幸の名字が違う事についても、もし支障があるようなら「三枝」の名前で登録する事も可能だと教えられた。  これは、日下(くさか)が犯罪者だと知っている人がいても、幸がその息子だとバレにくくなるので好都合(こうつごう)だった。  相談に乗ってくれた教師は、近くにあるフリースクールの事など、三枝に丁寧に教えてくれた。  話が終わると、三枝は礼を言って中学校を後にした。  そして、フリースクールの資料を取り寄せてみたが、これから先は三枝が一人で決める訳にもいかない。  近いうちに幸と話し合う必要があると考えて、疲れたようにため息をついた。  三枝は、手続きの後すぐに幸と話し合いたいと思っていたのだが、脱走騒ぎもあった(ため)、なかなか機会を作る事が出来ないでいた。  しかし、様子を見ているうちに、もうすぐ新学期も始まろうとしている。  出来れば、キリよく編入する方がいいだろうし、そろそろ進路を決めなければならない。  三枝は、初めは二人きりで話そうと思っていたのだが、幸が自分の質問に答えてくれるか分からない為、大河(おおかわ)に同席して貰う事にして、三人でリビングに集まった。  まず、幸が(ほとん)ど学校に行っていない事を大河に説明し、フリースクールの件も含めて幸の意見を聞く事になった。  大河は幸が不登校であった事を聞き「そうか。色々あったんだね」と優しく微笑(ほほえ)みかける。  幸は、怒られるのではないかとビクビクしたので、大河に笑顔を向けられて口元を(ほころ)ばせた。  それを見て、三枝は自嘲気味(じちょうぎみ)に笑らう。  三枝には、到底(とうてい)、大河のような対応など取れる(はず)もなく、自分の不甲斐(ふがい)なさをしみじみと思い知らされた。  しかし、ここで腐っていても始まらないと、フリースクールについて、中学校について、幸に丁寧に教えて聞かす。  それから、幸の意思を確認すべく優しく話しかけた。 「中学校に通う事も出来るし、フリースクールに通う事も出来る。幸はどうしたい?」  幸は、いきなりの質問に戸惑(とまど)う。  どちらを選ぶにせよ学校に通わなければならない事に変わりはなく、幸にとってはハードルが高かった。 「フリースクールなら、学力に合わせて教えて貰えるから、勉強の心配はないよ」  確かに、勉強の心配もあるが、幸が心配しているのはそれではない。  三枝は、行くのを躊躇(ためら)っているのは、学校に行けなかった事と関係があるのかと、質問をしてみる事にした。 「多田に引き取られる前、学校に行ってなかったのは何か理由があったんだろう?」  聞かれて、幸はなんと答えたらいいか分からず、黙って下を向く。 「お父さんに行かせて貰えなかったのかな?」  しかし、日下は、幸に学校に行くなと言った事はなく、むしろ行かない事に気分を悪くしていた方だった。  だから、幸は(うつむ)いたまま首を横に振る。 「じゃあ、なんだろう。教えてくれないか?」  幸が不登校になったのはいじめが原因だったが、話したくなくて首を横に振る。 「勉強が嫌いとかか?」  それに、また首を横に振る。 「人が沢山(たくさん)いるから怖かったとか?」  三枝は、人見知りが(ひど)い幸なら考えられる事だと聞いてみるが、また首を横に振る。 「じゃあ……いじめとか」  その言葉に、幸が首を横に激しく振るのを見て、三枝は原因を(さと)ったが、ここまで拒絶するのに、無理やり聞くのもどうかと考える。  三枝は仕事柄(しごとがら)交渉(こうしょう)などには慣れている筈だが、幸相手だと調子が狂って上手く行かない。  しばらく悩んでいると、大河が「やめろ」とジェスチャーで伝えて来た。  三枝はその通りだと大河に(うなず)いて答える。  (くわ)しく聞くにしても、今の三枝に幸が話すとは思えないし、これ以上聞くのは得策(とくさく)ではない。  三枝は、今はその時ではないのだろうと、追及(ついきゅう)するのをやめる代わりに、いじめが原因で通えなくなったのならと、人間関係について話す事にした。 「中学校は生徒数が多いけど、フリースクールは少ないんだ。見学に行った感じだと、とてもいい雰囲気だったよ」  三枝が、フリースクール一択で説得を試みる事にすると、幸は質問攻めから解放された事で、少し落ち着いて話を聞く事が出来るようになった。 「みんな仲良さそうだったし、幸にも友達が出来るかも知れないぞ」 「友達?」  幸は三枝の言葉に顔を上げる。  今まで、友達などいなかった事もあってか、幸は、三枝と大河の関係を(うらや)ましく思っていた。  友達は欲しいと思うが、幸は同年代の子とは、あまり関わりもなかったし、いじめられていた事もあって、いい印象を持っていない。  それに、学校にいる子達の仲が良さそうと言っても、幸がそこに馴染(なじ)めると言う保証はないのだ。  三枝は、悩む幸を説得しようと話しかける。 「試しに行ってみないか? 通うかどうかはそれから決めてもいいし」  その言葉に、幸は驚いた様子で三枝を見た。  幸は、行くと決めたら、ずっと通い続けないといけないと思っていたのだ。  しかし、嫌なら辞めてもいいのなら、学校に行くのも悪くない気もするが、それでも何かされたらと思うと怖くて仕方がない。  どうすればいいのかと悩む幸に、大河が笑顔で告げる。 「何かあったら、途中で帰ってもいいし、休んでもいいんだからさ」  言われて、幸が大河を見ると、後押しするように優しく語りかける。 「()()えず、行くだけ行ってみようよ」  幸は、大河の言葉を聞いてから、今度は三枝を見る。 「辞めてもいいんですか?」 「どうしても駄目ならな」 「途中で帰ってもいいんですか?」 「連絡したら迎えに行くよ」 「休んでもいいんですか?」 「つらかったらな」  幸の心は半分決まっていたが、それでも後一歩が()み出せず、助けを求めるように大河を見る。  すると、大河は親指を立てて、幸に笑顔を向けた。  それを見て、幸の心は決まった。 「フリースクール。行ってみようと、思います」  その言葉を聞いて、大河は幸を抱きしめた。 「偉い! よく言えたぞ」  幸は大河に褒められて、嬉しそうに目を細める。  三枝は二人の様子を見て、大河がいて良かったとつくづく思った。  しかし、それと同時に、自分が蚊帳(かや)(そと)にいる気がして居心地(いごこち)が悪くなり、トイレに立つ振りをしてリビングを後にした。

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