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第四章(十三)質問の行方

 (みゆき)は教室に着くと、真っ直ぐ彩花(あやか)の席に向かった。  読み終えた本を返すと言う事もあったが「恋愛」について聞きたいと言うのが一番の理由だ。  幸は、カバンを自分の席に置くと、彩花から借りた本を取り出す。 「おはよう」 「おはよう」  彩花は声をかけられて、本から顔を上げた。  幸は彩花と目があうと、照れたように(うつむ)いて、礼を言いながら彩花の机に本を置く。 「ありがとう」  彩花は、本を手に取ると、幸に笑顔で問いかける。 「どうだった?」  聞かれて、幸はしばらく考える。  面白(おもしろ)かったかと聞かれれば、面白かったのだが、内容が理解出来ない事だらけだ。  確かに、幸は(あい)を愛してはいるが、借りていた本に書かれているものとは違っている。  おまけに、三枝(さえぐさ)やカウンセラーから言われ続けて来た事で、沢井が自分を好きなのかすら分からなくり不安で(たま)らなかった。  それに、大河(おおかわ)達にも聞けずじまいだったので、尚更(なおさら)、気になって仕方がない。  そこで、幸は彩花に聞けば、何か答えが見つかるのではないかと考えたのだった。 「あの……。彩花ちゃんは、恋愛した事ってある?」  幸が、勇気を振り(しぼ)って(たず)ねると、彩花は驚いて目を丸くする。 「え? いきなりどうしたの?」 「あ、ごめんなさい」  幸は、彩花が怒っているのかと思い、咄嗟(とっさ)に謝ってしまった。  彩花はそれを見て、慌てて身振り手振りで幸に大丈夫と知らせる。 「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」 「良かった」 「でも、本当にどうしたの?」 「よく分からなくて」  彩花が聞くと、幸は複雑な顔をする。  しかし、彩花にとっても、突然そんな事を聞かれても困ってしまう。  彩花は、好きな人はいるが、まだ付き合った事など一度もない。  それに、幸に自分の好きな人について話すのも()ずかしかったし、そもそも、言ったところで話が続くとは思えない。  彩花はしばらく考えた末、逆に幸に質問をする事にした。 「ええと。幸君には好きな人いる?」  彩花はこんな質問をしたが、幸に好きな人がいるとは思っていなかった。  だから、次に言った幸の答えに驚く事になる。 「いるよ」 「誰?」  彩花は椅子(いす)から立ち上がり身を乗り出す。  その勢いに押されて、幸は数歩後ずさった。 「ええと……」  口ごもったのは、気圧(けお)されたと言う事もあるが、なんと答えたらいいのか分からなかったからだ。  幸の好きな相手は沢井である。  彩花に伝えれば、何か分かるかも知れないとも思う。  しかし、名前を出したところで、彩花に分かる(はず)もないし、沢井との関係を伝える訳にもいかない。  幸が悩んでいると、彩花の尋問(じんもん)が始まった。 「幸君の好きな人って、この学校の人?」  彩花は、幸は学校に来たばかりなので、きっと違うだろうと思いつつ聞いてみる。 「違うよ」  やはりと思いながら、彩花は次の質問をする。 「じゃあ、どんな人?」  幸は、彩花に聞かれて、どうしようかと、しばらく悩んだ末に口を開く。 「年上の人」  それを聞いて、彩花は一番に大河が思い浮かんだ。  幸は大河は母親でも親戚(しんせき)でもないと言っていたので、あながちあり()ない話ではない。 「それって、めぐみさんの事?」  彩花はそう思って聞いてみたが、幸はすぐに否定する。 「めぐみさんは、違うよ」  彩花の質問に、幸が困っていると、後ろから出流(いずる)の声がした。 「二人で何話してるんだ?」  出流は幸の肩に手を置くと、二人の話に無理やり入って来た。 「あ、おはよう」  幸は、出流を見ると、慌てて挨拶(あいさつ)をする。  しかし、急な登場に驚きはしたが、質問攻めにされていた幸には、出流は救世主(きゅうせいしゅ)のようなものだ。  一方、彩花の方は、不機嫌(ふきげん)な顔で出流を(にら)みつける。 「邪魔(じゃま)しないでくれる?」 「邪魔なんてしてねえだろ。それより何話してたんだよ」 「恋愛の……」 「西尾(にしお)君には関係ないでしょ」 「関係ねえって事はないだろ」 「えっと、恋愛の……」 「なんの話を……えっ!?」  出流は言いかけて、幸の言葉が耳に入り、驚いて声を出す。 「恋愛!? 幸、好きな奴いんの?」  そして、出流が幸に()(ただ)そうとした時、教室のドアが開いて斉藤(さいとう)が入って来た。 「席についてください」  その声で、三人の話は一旦(いったん)終了し、渋々(しぶしぶ)席につく事になった。  休憩時間(きゅうけいじかん)になり、再び出流が幸に質問を始める。 「恋愛って、付き合ってる奴いるのか?」  出流に聞かれて、幸は考える。  沢井は幸を愛していると言ってはいたが、それが本当の気持ちなのか、もう分からなくなっていた。  それに、借りた本に出て来る恋人と、沢井との関係は少し違うように思えた。  しばらくしてから、幸はつらそうに首を横に振る。 「いない」 「そうか」  幸の答えに、出流は何故(なぜ)だかホッとして胸を()で下ろす。  「でも好きな人いるって。残念だったね」  そこに、彩花が出流の出鼻をくじくように、二人の会話に割って入る。 「残念って何がだよ」  出流は言い返すが、幸の事が気になっていたのも、付き合っていないと聞いて安心したのも事実だ。  しかし、それは友達としてであって、恋愛対象としてではない筈だ。 「いつも幸君に(から)んでるじゃない」  出流は、彩花に言われて、幸を変に意識して動揺(どうよう)してしまう。 「バ、バカ。それは友達だからだろ」 「ほら、意識してる」  出流の態度に、彩花がツッコミを入れると、出流は慌てて言い返す。 「違うだろ。これは鈴木(すずき)が変なこと言い出すからだろ」  彩花と出流は、授業開始のチャイムがなるまでいい争いを続け、幸はそれを蚊帳(かや)の外で見守るしかなかった。

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