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第四章(十六)本当の友達

 (みゆき)は、ここ数日、モヤモヤとしたものを抱えたまま過ごしていた。  三枝(さえぐさ)に話せばいいのかも知れないが、うまく伝える自信がない上に、まだ信用している訳でもない。  この日もぼんやりとしていて、昼休憩(ひるきゅうけい)に、出流(いずる)に誘われてキャッチボールをする筈が、いつの間にかはぐれてしまっていた。  幸は、しばらくして出流がいない事に気付き、慌てて校庭に急ぐ。  そして、下駄箱(げたばこ)(くつ)()き替えようとしていると、急に後ろから声をかけられた。  聞き覚えのない声で、誰だろうと振り向くと、そこには年上と思える眼鏡(めがね)と金髪の二人の男子生徒が立っていた。 「えっと……」  幸が返事に困っていると、二人はニヤニヤしながら幸の体を触って来た。 「やっぱり可愛いじゃん」 「西尾(にしお)とは付き合ってるの?」  聞かれて、幸は首を横に振る。  しかし、幸には、何故(なぜ)こんな事を聞かれているのか分からない。 「じゃあ、俺たちと付き合おうぜ」 「えっ?」 「いいだろ?」  そう言って、眼鏡の生徒が幸の肩に腕を回した。  幸は、その髪色もあって、入学当時から目立っていた。  それに、その容貌(ようぼう)は遠目に見ても綺麗で、男女問わず全校生徒の注目の的だった。  話しかけたいと思う生徒は沢山いたが、出流が(そば)にべったりついているので、彩花(あやか)以外の生徒は、話しかけるのを躊躇(ためら)っていたのだ。  幸が友達を増やすのを邪魔(じゃま)しているとも言えるが、変な(やから)が近付いて来るのを防ぐのには一役買ってもいる。  実際、この二人が幸に声をかけて来たのも、出流が傍にいなかったからだ。  幸は、断ろうと思ったが、うまく言葉が出て来なくて、困ったように目を()らした。  それを見て、金髪の生徒が幸の(あご)を取って自分の方に顔を向かせようとする。 「なあ、こっち向いてくれよ」 「やめっ……」  二人から逃れようと幸が手を払うと、近くにいた眼鏡の生徒の顔に当たり、眼鏡が床に落ちてしまった。 「何するんだよ!」  眼鏡を落とされた生徒は、大声で怒鳴ってから、足元に転がる眼鏡を慌てて拾い上げる。  すると、レンズは割れてはいなかったが、フレームは少し曲がっていた。  別にかけられない(ほど)のものでもなかったが、短期な眼鏡の生徒を怒らせるには十分だった。 「おい! どうしてくれるんだよ!」  それに、金髪の生徒が面白そうに話しかける。 「人の物、壊したんだ。弁償(べんしょう)しなきゃな」  眼鏡の生徒は、幸を怒鳴りつける。 「金じゃ駄目(だめ)だ。俺はこの後、学校が終わるまで、この眼鏡でいなきゃいけないんだよ!」  それを金髪の生徒が(なだ)める。 「怒鳴るなよ。人が来ると面倒だろ」  そして、面白い事を思いついたと言うように、眼鏡の生徒に話しかける。 「体で払って貰う?」  その言葉に、眼鏡の生徒はニヤリと笑った。 「それ、いいな」  二人は、幸を近くの更衣室に連れ込んだ。  幸も最初は抵抗していたのだが、大人しくしろと脇腹に(こぶし)を叩き込まれると、虐待(ぎゃくたい)されていた時の事が思い出され、床に転がったまま恐怖で体が動けなくなった。  それでなくても、ここ最近、ずっと日下(くさか)の事を考えていたのだから余計である。  しかし、二人には、そんな事など関係ない。  むしろ、大人しくなって楽になったと思っているくらいだ。 「どうする?」 「ついてるか確認するか?」 「そうしようぜ」  金髪の生徒と眼鏡の生徒がニヤけた笑みを浮かべて幸を見る。  幸も何を言っているのかは理解出来たが、助けを呼ぼうにも声を出す事が出来ない。 「(なぐ)られてビビってるぜ」  金髪の生徒が言うと、眼鏡の生徒は幸の足元に回り込んだ。 「ズボン脱がせるか」  そう言って、無抵抗な幸のズボンのベルトを外し、下着ごと足首まで引き下ろすと、確認してから更に続ける。 「やっぱりついてるか」  それは、幸が学校に行けなくなった時の状況と似ていて、(いじ)められていた時の事も思い出して、鼓動(こどう)が速くなる。  幸は苦しくて激しく息をするが、逆に二人は、苦しんでいる姿を見て気持ちが昂揚(こうよう)して来た。 「俺が最初でいいだろ」  眼鏡の生徒はそう言って、自分のズボンを下ろす。 「勝手に決めるなよ」  金髪の生徒はそう言うと、不機嫌そうに顔を(ゆが)める。 「俺の眼鏡、壊されたんだから、俺が先だろ?」 「体で払わせるって俺が言ったんだろ」 「なんだと!」  眼鏡の生徒はそう言うと、ズボンを上げながら、金髪の生徒に近付く。  それを見て、金髪の生徒も相手に近付いて行く。 「やるのか?」  そして、二人は小競(こぜ)()いを始めた。  そして、眼鏡の生徒が金髪の生徒を強く突き飛ばすと、弾みでロッカーにぶつかり、大きな音が響いた。  その時、出流は幸を探していた。  幸がついて来ていないのには、しばらくして気付いたが、すぐ来るだろうくらいに思っていた。  しかし、どうにも遅いので、教室に向かう廊下(ろうか)を幸の名を呼びながら歩いているのだ。 「幸、何処(どこ)だ〜」  出流も、まさか幸が(おそ)われているとは思いもしないので、のんびりと探している。 「幸〜」  トイレにでも行ったのだろうか、くらいに考えていたのだが、更衣室の前を通る時に、大きな音と言い争う声が聞こえて、なんだろうと足を止めた。  二人は争うのに夢中で気付いていないようだったが、出流の声は幸の耳には届いていた。  幸は、その声を聞いて、少しだけ落ち着くことが出来た。  息はまだ苦しかったが、体は少しだけ動くようになっている。  二人の意識が自分から離れているのを確認して、幸は足首に(から)まるズボンを引き上げると、体を引き()るようにして入口の方に向かった。  ドアの外に出る事が出来れば、その後は出流が助けてくれるだろうと思ったのだ。  しかし、辿(たど)り着いたはいいが、ドアに(かぎ)がかかっていて開かない。  立ち上がる事が出来ればいいのだが、まだ上手く体が動かせなかった。  それでも、幸はなんとか、ドアの隙間(すきま)から精一杯(せいいっぱい)の声で出流の名を呼ぶ。 「出流……く」  しかし、その声は、言い争いをしていた二人の耳に届いて、幸に視線が集中する。 「おい。なにやってんだよ!」  喧嘩(けんか)をしていた苛立(いらだ)ちのままに眼鏡の生徒が怒鳴りつける。  そして、幸の胸ぐらを掴んで殴りつけようとした時、ドアの外で出流が幸を呼ぶ声がした。  眼鏡の生徒は殴ろうとしていた手を下ろすと、後ろに回り込んで、幸の口を両手で押さえた。 「幸? いるのか?」  出流は更衣室の向こうに問いかけてはみるが、幸の声が届いた訳ではない。  ただ、更衣室の会話が不穏(ふおん)なものに聞こえて、幸が中にいたら大変だと思っただけだ。  そこで、試しにドアを開けようとすると、中から鍵がかかっているようで開かない。  出流は、それで更にあやしいと思い、今度はドアを(たた)いてみた。 「幸いるか?」  しかし、幸の声どころか、先程まで聞こえていた声も聞こえなくなる。  教師を呼んで鍵を貰ってくればいいのだろうが、出流の頭にその考えは浮かんでいない。 「誰かいるのか〜」  そして、ドアを揺らしながら何度か呼びかけるが、部屋の中は静まり返っている。 「返事ないなら壊すぞ」  出流はそれだけ言うと、更衣室のドアに体当たりをした。  更衣室のドアは木製の開き戸だ。  内側に開く仕組みになっているので、体格のいい出流が強くぶつかれば、ドアが壊れる可能性もある。  出流は、中に幸がいると考えて、ドアに体当たりを続けた。  二人の生徒は、しばらく静かにしていたが、出流が去りそうにもないので、こちらからドアを開ける事にした。  これは、勢い余って中に転がり込んだ出流を痛めつけようと言う作戦だ。  そして、(あん)(じょう)、出流は更衣室の床に倒れ込んだ。 「邪魔すんじゃねえよ」  金髪の生徒はそう言って、出流を()りつける。  その隙に、眼鏡の生徒はドアに再び鍵をかけると、自分も出流を蹴り始めた。  出流は、倒れる時に、一瞬だけ幸の姿をとらえた。  幸が何か酷い目にあっているのは想像出来たし、助けなければと思うが、転んでいては何も出来ない。  しかし、このままではいけないと、なんとか金髪の生徒の足にしがみついて、引き倒す事に成功した。 「てめえ!」  それを見た眼鏡の生徒が、出流にいいようにさせるものかと体を踏みつけるが、今度は足にしがみついて動きを止める。  すると、今度は金髪の生徒が、出流の胸ぐらを掴んで殴りつけた。 「幸! 逃げろ!」  出流が必死で声を張り上げるが、幸の体は動かない。  それでも、自分を助けに来てくれた出流を助けなければいけない。 「やめ……」  幸は動かない体をなんとか動かして、金髪の生徒にしがみつく。  けれども、幸の力などしれているのだから、簡単に弾き飛ばされてしまう。  それでも、出流はその隙をついて眼鏡の生徒の足を掴んで倒すと、起き上がって金髪の生徒に殴りかかる。  しかし、倒れていた眼鏡の生徒が起き上がると、戦力外の幸を数に入れないとすると、また二対一の構図に戻ってしまった。  幸もなんとか体を動かして、助けを呼びに行こうとするのだが、すぐに捕まってしまう。  そんな事をやっているうちに、昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴った。  それを聞いて、金髪の生徒が眼鏡の生徒を静止すると、横たわる出流の胸ぐらを掴み、吐き捨てるように言う。 「誰かに言ったら、三枝をもっと酷い目にあわせてやるからな」  そして、二人はその場を立ち去った。  幸は、二人が去るとすぐ、出流の傍に駆け寄った。 「出流君、ごめん」  そして、涙を流して出流に(あやま)る。  自分を助けに来てくれた出流に何も出来ず、ただ足を引っ張るだけの自分が歯がゆかったのだ。 「幸は悪くないだろ。悪いのはあいつらだ」  出流は無理やり笑ってそう言うと、ゆっくりと上半身を起こし自分の体を見る。 「なんか、ボロボロにやられちまったな。幸は大丈夫か?」  言われて、幸は自分の体を見る。  痛いところはいくつかあるが、それ程、酷い怪我(けが)はしておらず、不甲斐(ふがい)ない自分に涙が出る。 「大丈夫か?」  それを出流は、痛くて泣いているのだと勘違(かんち)いした。  幸は気付いて、首を横に振る。 「僕は大丈夫。それより……保健の先生呼んで……」  言いかけた幸の腕を出流が掴む。 「バレたら幸が酷い目にあうだろ」  それに、幸が首を横に振る。 「だって、怪我、酷いから」 「大丈夫だって」  出流はそう言って笑うが、幸は首を横に振るばかりだ。  それに、黙っていると言っても、出流は顔も殴られているし、このまま教室に戻れば、その方が怪しまれるに決まっている。  そこで、さいわい幸に目立つ怪我がなかった事から、それならと出流が提案する。 「俺が階段から落ちた事にしようぜ」  二人で保健室に行くと、養護教諭(ようごきょうゆ)は出流の怪我に驚いた様子だった。  打ち合わせ通り階段から落ちたと伝えたら、初めはあやしんでいた養護教諭も、面倒になったのか追及(ついきゅう)するのをやめた。  事件の一部始終(いちぶしじゅう)を話した方がいいのだろうが、後で報復(ほうふく)が来たらと思うと、何も言えなかった。  養護教諭は、苦言(くげん)(てい)しながらも、後で病院に行って診て貰うようにと告げて保健室を出て行った。  すると、幸は奥歯をかみ締めて出流に謝る。 「出流君、ごめんなさい」  幸にしてみれば、関係のない出流を巻き込んで、酷い怪我をさせたのだから、申し訳なくて仕方がない。  許して貰えなくても仕方がないと思うのだが、出流はぎこちない顔で笑って告げる。 「謝るなよ。友達だろ?」 「友達?」  幸は驚いて目を見開く。 「そう。友達」  ニカッと笑う出流に、幸は真剣な顔で答える。 「出流君ありがとう。今度は僕が守るから」 「ありがとな」  出流は、礼を言うと照れたように幸から視線を外した。  それから、他愛(たあい)もない会話をしているうちに放課後を迎え、二人は駐車場まで一緒に帰ったのだった。

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